ヘーチマーン
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ヘーチマーン(ウクライナ語:гетьман;ラテン文字転写の例:het'man;ポーランド語・英語:hetman)は、コサックの頭領・首領のこと、またはその称号。主にロシア帝国の支配地域で使用される「アタマン」に対し、「ヘーチマン」はポーランド王国の支配地域で主に使用されるが、同地域においても「オタマン」(Отаман:ウクライナ語でアタマンのこと)の位は使われている。「全員集会」(クルーク)による選挙で当時としては「民主的」に選ばれる、各集団ごとの頭領であった。ヘーチマーンを戴くコサック集団は、基本的にはポーランド王国へ「緩い」従属をしていた。
なお、日本語の表記としては、「ヘトマン」やロシア語の「гетман」(ギェートマン)に沿った「ゲトマン」が多く用いられる。元は、ドイツ語ハウプトマン(Hauptmann)がポーランド語に入ったものとも言われている。
特に、ウクライナがポーランド王国に支配された16世紀から17世紀にかけては「ウクライナ・コサック各勢力の首領」、ウクライナがロシア帝国へ併合され、限定的な自治権を得た17世紀から18世紀にかけてはロシア宗主権下に入った「ウクライナの統治者」のことを指す。また、ロシア側から見た場合、16世紀から18世紀のポーランド王国の軍総司令官を指す場合があるが、これは同国の軍隊がウクライナのコサックに依存する面があったためである。したがって、本質的には「ヘーチマーン」或は「ゲトマン」がポーランド支配地域乃至はウクライナのコサックの頭領のことを指すことに変わりはない。また、18世紀頃までヘーチマーンが「ウクライナの統治者」を意味したということは、スコロパーツィクィイが1918年に「全ウクライナのヘーチマーン」を名乗った所以のひとつである。
ヘーチマーンは、ある大きな「正統的な権力」(例えば、ポーランド王国やロシア帝国)の元で「全ウクライナ」を治めるという位置を担った。ヘーチマーンの権力の最も強かった17世紀の東欧では、一般に「正当な君主」個人に主権があると考えられており、コサックの頭領にはいかに人気があってもその正当性(キリスト教会にみとめられた権力であるということ)はなかったので、自らの権力を確立するためにはヘーチマーンは外部の君主を利用せざるを得なかったとされる。ウクライナ・コサックのヘーチマーンは、ラーダ(全体議会)によって当時としては民主的に選出されるコサック集団の頭領で、しばしば「大統領」と言われることもある。戦争に大敗したときなどはその責任を問われて解任、乃至は死刑に処せられることもあった。しかしながら、のちに世襲化し貴族化するに伴いコサック国家の大原則であった「平等性」が損なわれるようになり、また、マゼーパの反乱の失敗後は右岸ウクライナと左岸ウクライナのヘーチマーン国家に「全ウクライナの支配者」ヘーチマーンが並立し争うという状況にもなり、最終的には右岸はポーランド、左岸はロシアに併合・画一化されることによりウクライナの独立性と自治は失われていった。
よく知られたヘーチマーンとしては、ザポロージエ・コサックの頭領でポーランド王国へ反旗を翻しウクライナを独立へ導いたボフダーン・フメリヌィーツィクィイ、スウェーデン王国と結んでロシア帝国の暴虐に対する反乱を起こしたイヴァーン・マゼーパらがいる。ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンのパトロンとなったロシア貴族のアンドレイ・ラズモフスキイ(ウクライナ語名アンドリイ・ロズモフスィクィイ)伯爵は、最後のウクライナ・コサックのヘーチマンであったキリーロ・ロズモフスィクィイの息子であった。また、ドイツ帝国の軍事力の下、独立ウクライナ国を建設したパーヴロ・スコロパーツィクィイもヘーチマーンを名乗った。その理由としては、ウクライナ人の間では当時依然としてコサックやその頭領ヘーチマーンの人気が高かったことがあったとされる。その他、ニコライ・ゴーゴリの長編小説「タラス・ブーリバ」の主人公も、ザポロージエ・コサックのヘーチマーンである。
[編集] 関連項目
- ヘーチマーン国家
- アタマン
- ウクライナ
- ロシア帝国
- 自由ウクライナ
- ウクライナ国
- ヘチマナート
- ヘーチマーンシュチナ
- ポーランド王国
- ラーダ
- コサック
- ウクライナ・コサック
- シーチ
- ハイダマーキ
- ペートロ・コナシェーヴィチ=サハイダーチュヌィイ
- ボフダーン・フメリヌィーツィクィイ
- イヴァーン・マゼーパ
- イヴァーン・スコロパーツィクィイ
- キリーロ・ロズモフスィクィイ
- パーヴェル・スコロパーツキイ
- ウクライナ人
[編集] 外部リンク
- Видатні українці: відомі та невідомі імена(ウクライナ語、ヘーチマーン等の一覧)