ジョージ・アームストロング・カスター
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ジョージ・アームストロング・カスター(George Armstrong Custer, 1839年12月5日 - 1876年6月25日)は、アメリカの軍人。1861年陸軍士官学校を末席で卒業すると、南北戦争に参加して、シェリダン将軍の元で手柄を立て23歳で北軍義勇軍少将に昇進した。戦後、正規軍の中佐として第7騎兵隊の指揮官に任命されインディアン戦争の任務に従事するようになる。
1868年11月、ワシタ川においてブラック・ケトルをチーフとするシャイアン族を殺害
1876年6月22日、カスターは自ら700名の部隊を率いてリトルビッグホーン川をさかのぼって、6月25日早朝、インディアンの野営地を発見した。敵は1500名のラコタ族、シャイアン族、アラパホ族からなる連合軍であったが、数を見誤って突撃したため225名の直属部隊は全滅した。(→リトルビッグホーンの戦い)
軍規を平気で破るなど向こう見ずな性格で勇猛果敢であったが、その性格が災いして全員玉砕の憂き目を見た。