アメリカ合衆国シークレットサービス
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アメリカ合衆国シークレットサービス (USSS; United States Secret Service) は、国土安全保障省の一部門であり、アメリカの警察機関の一つである。 アメリカ同時多発テロ事件を受けて、2003年に国土安全保障省が設立される前は財務省の管轄下にあった。
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[編集] 任務
シークレットサービスの任務として広く知られているものは要人(アメリカ合衆国大統領とその家族、副大統領とその家族、高級官僚、過去の大統領経験者とその配偶者、次期大統領・副大統領、訪米中の各国元首)の警護、及びテロ予備行為捜査・取り締まりである。
合衆国大統領とその家族が旅行する際には、地元警察及び軍と協力してエアフォースワン及びマリーンワンの内部で、またリムジンの警護車から警護を行う。
シークレットサービスでは、特別捜査官2,100人、Uniformed Division(制服部隊)に1,200人、技術・管理部門の1,700人からなる5,000人以上の職員を抱えている。特別捜査官は要人警護か経済犯の調査を行う。1970年に議会を通過したPer Public Law 91-217により、制服部隊所属の警護官は以下の警護活動を行う。
- ホワイトハウスとその付属施設、大統領府
- 大統領の家族
- コロンビア特別区の副大統領仮設公邸
- 副大統領の家族
- ワシントンD.C.における外交使節団、大都市地域、全米にわたって法令によって国の領土もしくは所有と定められた場所
- 大統領選挙の年における共和党・民主党の大統領候補
シークレットサービス制服部隊は、合衆国議会警察の任務と類似しており、ホワイトハウスの敷地とワシントンD.C.内での外交使節団の警備がその任務である。
なお、大統領と配偶者は希望すれば、退職後10年間はシークレットサービスの警護を受ける事が出来る。なお、配偶者は離婚した場合、警護対象から正式には外される。
しかしながら、シークレットサービス設立時の本来の任務は、偽造通貨などの取り締まり、様々な不正経理犯罪・個人情報窃盗の捜査、地域犯罪における科学捜査情報の提供である。これらの任務では、政府小切手・トラベラーズチェックのような通貨等価物の偽造、いわゆるナイジェリアの手紙として有名なナイジェリア刑法第419条に抵触するような詐欺、クレジットカード詐欺の調査を行う。
また、連邦コンピュータ犯罪法に対する司法権も有している。シークレットサービスは合衆国全域に15の電子犯罪タスクフォース (ECTF's; Electronic Crimes Task Forces) を設立している。このタスクフォースは、技術的な犯罪を防止するために、シークレットサービス・連邦/地方警察、民間部門、学術部門との協力関係を構築している。
本来の任務に要人警護が加わった経緯は歴史の項で詳述する。
[編集] 同時多発テロにおける救助活動
シークレットサービスニューヨーク事務所は、2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件でニューヨーク世界貿易センタービルのノースタワー (1WTC) とサウスタワー (2WTC) とともに崩壊した7WTCに位置していた。 攻撃の直後、ニューヨーク事務所に駐在していた特別捜査官と他の職員は真っ先に応急処置の対応を行った。ニューヨーク事務所に配置されていた67人の特別捜査官は、トリアージエリアの設置やタワーからの避難の手助けをすることで地元消防・警察救助隊の支援を行った。シークレットサービスの職員、Master Special officerのクレイグ・ミラーがこの救助作業中に命を落としている。
2002年8月20日、長官(?)のブライアン・スタフォードは救助活動に参加したすべての特別捜査官と従業員に対してディレクターズ・バロー賞を授与し、彼らの勇敢さを讃えた。
[編集] 装備
シークレットサービスの私服部隊はTPOに応じた服を着用する。これは多くの場合、控えめなビジネススーツ(一般的にダークスーツが多い レジャースーツやカジュアルなジャケットは認められないようである)を意味する。
写真や映画などでは、サングラス(公式HPのFAQにもあるとおり、支給品ではなく各自の私物)と無線用のイヤホンを着用しており、また、常に無表情、もしくは厳しい顔つきがイメージされている。
制服部隊については、ホワイトハウス警護官向けの儀礼服、調査官のための作業服、カウンタースナイパー(ホワイトハウス屋上から狙撃銃と双眼鏡を手に24時間外周監視に当たっている)のための作業服・識別ベストが含まれる。
[編集] 歴史
シークレットサービスは、1865年7月5日にワシントンD.C.で偽造通貨の取り締まりのために組織された。当時のアメリカは南北戦争の戦費調達のために政府が大量に紙幣を発行したため、偽札が大量に流通していたのである。これが、財務省の管轄下に設立された所以である。
シークレットサービスの本来の任務は偽造通貨・経済犯罪の取り締まりであり、要人警護は例外的なものであった。このような任務の組み合わせになった理由は、19世紀後半、大統領警護の重要性が明らかになってきたとき、連邦政府の資源的な限界があったためである。当時はまだ連邦捜査局 (FBI)、アメリカ中央情報局 (CIA)、アルコール・たばこ・火器・爆発物取締局 (BATFE; w:Bureau of Alcohol, Tobacco, Firearms and Explosives)、麻薬取締局 (DEA)といった組織が存在していなかった。連邦保安官 (USMS) は唯一の論理的な選択肢であり、実際、幾度も大統領の警護を務めていた。しかしながら、この任務はシークレットサービスが担うことになる。
1901年、ウィリアム・マッキンリー第25代大統領が暗殺されるとアメリカ合衆国議会はシークレットサービスに対して非公式に大統領の警護を要請した。その1年後、フルタイムの大統領警護が課せられることになった。1902年には、大統領警護中にエージェントであるウィリアム・クレイグが殺害されている。
大統領に対する襲撃を防いで死亡したエージェントは、ホワイトハウス警察隊(White House Police Force, 現・Uniformed Division)に所属していたレスリー・コッフェルト (w:Leslie Coffelt) ただ一人である。 ホワイトハウスが改築中のため、ハリー・S・トルーマン第33代大統領は通りを隔てたブレアハウスに滞在していた。 1950年11月1日午後2時過ぎ、プエルトリコの国家主義者グリセリオ・トレソーラとオスカー・コラッツオの2人が大統領を暗殺する目的で近づき、コッフェルトを含むホワイトハウス警護官3名に対して発砲した。 コッフェルトはルガーから発射された3発の銃弾を胸部と腹部に受けながらも応戦し、トレソーラの頭を打ち抜いて射殺している。 コラッツオは負傷するものの生き残り、1979年にプエルトリコに戻る前に29年間服役している。
1968年に大統領候補ロバート・ケネディが暗殺され、議会はPublic Law 90-331により大統領候補及び副大統領候補、ノミネートされた候補者の警護を認可した。 また、大統領の未亡人についても亡くなるか再婚するまで、子息についても16歳になるまで警護することを認可した。
当初、Uniformed DivisionはWhite House Police Force(ホワイトハウス警察隊)と呼ばれる別の組織だったが、1971年にシークレットサービスに編入され、1977年にシークレットサービスUniformed Divisionと改称された。
議会は1994年に、1997年1月1日以降に大統領に当選した人物が、大統領辞任後10年間にわたって警護を受けるとする法律を可決した。1997年1月1日より前の大統領経験者は生涯にわたって警護を受けることができる(財務省 Appropriations Act、1995年: Public Law 103-329)。
1998年、ビル・クリントン第42代大統領は、国家特別警備行事 (NSSE; w:National Special Security Event)を決定する大統領令62に署名した。この指令の中で、特定の行事において連邦捜査局や地元警察と連携しながらシークレットサービスが中心となって安全を確保するという責務が明確にされた。特定の行事には共和党、民主党の全国大会や年初に行われる大統領の一般教書演説などが挙げられる。
2003年3月1日付で、シークレットサービスは国土安全保障省へと移管された。
2006年10月20日に、ジョージ・ウォーカー・ブッシュ大統領がアルゼンチンに訪問した際に、同大統領の娘のバーバラがシークレットサービスに守られレストランで食事をしている中、バッグを盗まれるという被害に遭い、シークレットサービスは誰も窃盗被害に気付かなかった。
[編集] 関連項目
- セキュリティポリス
- ザ・シークレット・サービス
- ウォルフガング・ペーターゼン監督、クリント・イーストウッド主演の米国映画。
- ザ・センチネル-陰謀の星条旗-
[編集] 外部リンク
カテゴリ: アメリカ合衆国の行政 | 警察