過酸化水素
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
過酸化水素 | |
---|---|
IUPAC名 | Hydrogen Peroxide |
別名 | Hydroperoxide, Hydrogen dioxide |
組成式 | H2O2 |
式量 | 34.0 g/mol |
形状 | 無色液体 |
結晶構造 | |
CAS登録番号 | [7722-84-1] |
密度と相 | 1.4 g/cm3, 液体 (90%) |
水への溶解度 | ∞ g/100 mL (℃) |
融点 | -11 ℃(90%) |
沸点 | 141 ℃(90%) |
出典 | ICSC |
過酸化水素(かさんかすいそ)は、化学式 H2O2 で表される化合物。酸化剤・殺菌剤・漂白剤として利用される。
目次 |
[編集] 性質
常温では薄い青色のやや粘性がある弱酸性の液体。エタノール、エーテル、水に可溶。過酸化水素自体は無臭だが、酸素を放出するため、僅かにオゾンに似た匂いがする。
過酸化水素は不安定で酸素を放出しやすく、非常に強力な酸化力を持つヒドロキシラジカルを生成しやすい。過酸化水素は活性酸素の一種ではあるが、フリーラジカルではない。
強い腐食性を持ち、高濃度のものが皮膚に付着すると痛みをともなう白斑が生じる。また、可燃物と混合すると発火させることがある。
実験室では、酸素を得る際に使われる。この反応式は以下の通りである。
反応速度を大きくするため触媒として二酸化マンガンやカタラーゼを使用する。傷口の消毒時に生じる泡は体内にあるカタラーゼが触媒として働いて生じる酸素である。
[編集] 利用
濃度30%の過酸化水素水として市販されており、また、濃度3%の過酸化水素水はオキシドール、オキシフルという商品名で殺菌や消毒用に売られている。衣類用液体酸素系漂白剤としても市販されている。また、髪の脱色に使用されることもあり、過酸化水素によって脱色した「偽の」ブロンドは、英語で peroxide blonde または bottle blonde と呼ばれる。
全体の使用量では、製紙の際の漂白や半導体の洗浄など、工業的な利用が大部分を占める。塩素系の漂白剤が多量の廃棄物を生じるのに対し、過酸化水素は最終的には無害な水と酸素に分解するため、工業利用するには環境にやさしい物質であると言われる。
1930年頃からドイツのヘルムート・ヴァルターによって、過酸化水素から酸素を発生させ内燃機関を作動させるアイディアが、潜航中のUボートの従来の動力源(蓄電池)の限界を克服するために研究されていた。これをヴァルター機関(ワルター機関)という。ただし、過酸化水素の化学的な特性上、取り扱いには危険が伴った。ドイツ海軍では潜水艦V-80のほか、XVIIB型Uボートを試作したものの、敗戦までに残された時間はわずかであった。イギリス海軍でも第二次世界大戦後、ドイツから接収したXVIIB型の試用を踏まえて、実験潜水艦エクスプローラー級2隻を建造し、研究開発を行った。同じくXVIIB型を接収したアメリカ海軍も、小型潜水艇X-1で実験はしたものの、爆発事故に見舞われたため、早期に撤去されてしまった。結局、アメリカ海軍において、艦船に搭載可能な原子力機関の開発と成功が先んじたこともあって、ヴァルター機関はそれ以上省みられることなく、潜水艦の水中動力源としては実用化には至らなかった。日本でも第二次世界大戦中にドイツから技術提供を受けてヴァルター機関が研究されたが、実用化される前に終戦を迎えた。
[編集] 生産
過酸化水素(100%相当)の2004年度日本国内生産量は 195,859 t、工業消費量は 13,875 t である[1]。今日では、一般的にアントラセン誘導体の自動酸化を利用して生産が行われている[2]。2-エチルアントラヒドロキノンもしくは2-アミルアントラヒドロキノンを溶媒に溶解し、空気中の酸素と混合するとアントラヒドロキノンが酸化されてアントラキノンと過酸化水素が生じる。ここからイオン交換水を用いて抽出し、アントラキノンと過酸化水素を分離する。分離後、わずかに混入している有機溶媒を除去し、さらに減圧蒸留することにより高濃度(30~60%)のものを得る。副生成物であるアントラキノンをニッケルまたはパラジウム触媒を用いて水素還元することでアントラヒドロキノンへと戻し再利用する。アントラヒドロキノンの酸化の際に側鎖が酸化されたり、還元の際に芳香環が還元されてしまうことがあり、適当な再生処理が必要である。本法ではアントラキノンをいかに効率よく循環・再生使用できるかが重要となる。
硫酸または硫酸水素アンモニウムの水溶液を電気分解して生じるペルオキソ二硫酸((SO4)2)2−を加水分解することによる生産法も行われていたが、電力消費などの理由から現在ではあまり行われていない。
2005年現在、工業的な利用量が増え続けており、アントラキノン法に代わる安価な製造法、精製法の研究開発が各所で進められている。代表的な方法はPd/CやAu-Pd/TiO2を触媒に用いて、酸水溶液中、水素と酸素から直接過酸化水素を合成するものであるが、爆発の危険性が高いなどの問題があり、2006年現在実用化されていない。