真正細菌
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真正細菌 (しんせいさいきん、英語 bacteria(複数) ; bacterium(単数) ; eubacteria(複数) ; eubacterium(単数)) は生物分類上のドメインの一つであり、古細菌が持たないアセチルムラミン酸を含んだ細胞壁を持つ原核生物のこと。バクテリアとも呼ばれる。細胞外マトリクスの構造の違いによってグラム陰性菌とグラム陽性菌に分類される(グラム染色)。植物や動物とは異なりきわめて多様な代謝系や栄養要求性を示し、生息環境も生物圏と考えられるすべての環境(主として水圏)が含まれる。また物質循環においても有機物の分解過程という重要な位置を占めている(硝化、脱窒過程など)。
食品関係においてはチーズ、納豆、ヨーグルトといった発酵過程において微生物学発展以前から用いられてきた。また、腸内細菌群は食物の消化過程には欠かすことのできない一要素である。また一部のものは病原細菌として、ヒトや動物の感染症の原因になる。対立遺伝子を持たず、遺伝子型がそのまま表現型をとり、世代時間が短く変異体が得られやすい。あるいは形質転換系の確立などもあいまって近年の分子生物学を中心とした生物学は真正細菌を中心に発展してきた。大腸菌などは分子生物学の有用なツールとして現在でも頻繁に使用されている。このように、人とのかかわりの深い原核生物である点でも古細菌とは異なる。
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[編集] 呼称
真正細菌という呼称は古細菌の概念を提唱したカール・ウーズが、原核生物における古細菌との違いを際立たせるために提唱した用語Eubacteriumの翻訳である。しかし、3ドメイン説が採用される際には、真正細菌に対してDomain Bacteriaが用いられ、以降「バクテリア」は、旧来の古細菌と真正細菌を含む「細菌」の訳語であると同時に、古細菌を含まない「真正細菌」のみのグループを指す言葉にもなるという、混乱しやすい状況になっている。また旧来の細菌の中で、古細菌は例外的な(非典型的な)特徴を持つ細菌と考えられ、それに対して真正細菌は典型的な細菌だと考えられていた。このような理由から、真正細菌を単に「細菌」「バクテリア」と呼ぶことも多い。なおしばしば「真性細菌」と誤表記されることがあるが、「真正細菌」という表記が正しい。
[編集] 真正細菌の特徴
カール・ウーズが古細菌の概念を提唱する以前は原核生物と真核生物の生化学的な違いについて論じられるのみであった。それらには以下のようなものがある。
- 細胞内単位膜系(小胞体、核膜、葉緑体、ミトコンドリア、ゴルジ体、リソソーム)が存在しない。
- 染色体数は原則として一つである。
- ヒストンを含むクロマチン構造が存在せず、染色体は細胞膜に付着している。
- 有糸分裂を行わない。
- リボソームが70S(大サブユニット:50S、小サブユニット:30S)である。
- 微小管を持たない。
- 細胞壁にペプチドグリカンを持つ。
- エンドサイトーシスを行わない(物質の取り込みは基本的に細胞外で分解したものを低分子にして取り込んでいる)。
- 細胞質流動を行わない(細胞内における物質の移動は基本的に拡散による)。
真核生物との具体的な違いについては、現在でも上記の項目が挙げられるが、もうひとつの原核生物である古細菌の提唱によって、真核生物との違いを論じるのみでは不十分である。古細菌と真正細菌の違いについては以下のようなものがある。
- グリセロールに脂肪酸がエステル結合した脂質骨格を持つ(脂質)。また、グリセロールに脂肪酸の結合する位置が真正細菌ではsn-1,2位である(古細菌はすべてsn-2,3位)。
- 細胞壁にムレインが存在する。
- 抗生物質感受性は古細菌とは異なり明らかに真核生物感受性のものと区別できる。
- 翻訳開始にフォルミルメチオニン-tRNAを使用する。
- DNA依存RNAポリメラーゼのサブユニット構成が単純である(β’βασ構造)。
- アミノ酸や遺伝子配列は、ある場合は古細菌と相同性を示し、ある場合は真核生物と相同性を示す。また、どちらにも相同性を示さないケースもある。 本文は古細菌より改変した。詳しくは当該記事参照。
[編集] 生息環境
生物圏とされている、上空8000mまでの大気圏、地下5000mの岩盤、水深11000m以上の海底、南極の氷床などといった、我々には生育困難な環境からも生育ないし存在が確認されている。ただし、生育には必ず水分が必要であり、乾燥に対してはきわめて弱い。しかしながら一部の細菌は芽胞という乾燥に強い形態をとり、風や水などで容易に伝播されるので、結果として人工的に作り出さない限りは細菌の存在しない状態を得ることは困難である。
また多細胞生物体内部や表面にも多数の細菌が付着ないし生育している(共生)。ただし、健康な生物体の血液中、筋肉、骨格など消化管以外の臓器からはほとんど検出されず、無菌に保たれる。消化管においては食物の分解プロセスの一部を担っている。このような共生の例はルーメンやマメ科植物の根圏における窒素固定菌の共生などに見ることができる。
生物量(バイオマス)も相当量存在すると考えられており、土壌4000m2あたり2トンの真菌を含む微生物を有していると考えられている。また海洋においては、栄養状態にかかわらず1mlあたり50細胞程度の真正細菌が存在しており(沿岸や生物の死体周辺ではmlあたり105細胞以上生息している)、海洋ひとつとってみても地上の真核生物量をはるかに凌駕する計算がなされている。また地殻中5000mまでも生物圏に含めるとすれば、地球上の生物量のほとんどが原核生物に占められる。
[編集] 物質循環と代謝の多様性
前項にてあげたが、真正細菌は生物量としても真核生物を凌駕している。またその呼吸活性においても同様で、多細胞生物体と細菌1gの呼吸活性を比較すると細菌のほうが数百倍大きいと言われている。肥沃な土壌4000m2あたりの細菌の呼吸活性は数万人の人間に等しいとされる。これは細胞が小さく体積あたりの呼吸活性を示す表面積の割合が大きいこと、世代時間が短いことがその要因であろう。呼吸速度(炭素、水素、酸素の循環)のみならず、生物を構成している窒素、硫黄の地球全体の物質循環に寄与している。
[編集] 窒素循環
窒素は大気組成の主たる構成要素であるが、不活性な気体である。しかしながらタンパク質のアミノ基に含まれるなど生物体の構成要素として非常に重要である。植物は無機態のアンモニアおよび硝酸同化、有機物態窒素の利用が可能であるが、気体の窒素を利用できるのは唯一窒素固定菌のみである(窒素固定)。また、有機体窒素のアンモニア化、アンモニアを硝酸まで酸化する硝化過程、硝酸塩を気体の窒素まで還元する硝酸還元(脱窒)過程など、窒素の循環に多様な代謝系を持って循環に寄与している。
[編集] 硫黄循環
硫黄は主に地殻中に豊富に存在するが、元素状硫黄は不溶性で利用が困難である。しかしながら有機物中に存在する硫黄は反応性が高く重要なアミノ酸に含まれている(メチオニン、システインなど)。硫酸塩のみが植物によって同化されるが、有機物態硫黄の分解(最終産物は硫化水素)、硫黄酸化(硫化水素から硫酸塩に戻す)、硫酸還元(硫酸塩を異化的に還元する)などは細菌に特有な代謝系である(古細菌にもこのような代謝系を有するものが見つかっている)。
[編集] 分類
古細菌を含めた原核生物の分類は、形態や表現型のみをもって分類を行うことができる多細胞生物体の分類学とは方法を異にする。原核生物は染色体を1つのみ所持し、対立遺伝子を持たず、かつ、無性的に増殖するために交配を必要としないので動植物に適用されるべき種の概念は当てはまらないことになる。相同組み換えは人間の観察する範囲内において確認されるものの、自然界における頻度を考えると、進化に関与しているかどうかは疑問である。また微生物の個体というものを主として認識するのは困難であり、微生物学的種として認識されているものは同じ遺伝子を持つクローンの集合体(菌株の集団)である。
このような多分子系の実験にて表れる表現形質を徹底的に調べて微生物の種を分類していくのが微生物学における分類学である。そのパラメータとしては、以下のようなものがあげられる。
- グラム染色(陰性か陽性か)
- 構造的あるいは解剖学的性質(直接観察)
- 生化学的性質(脂質の構造など)
- 生理学的性質(最終電子受容体など代謝系)
- 生態学的性質(生育環境、他微生物や宿主との相互作用など)
特に、動植物においては最も重要な構造的解剖学的性質の決定が微生物では困難なために(個性を見出すことが困難なために)、3つの機能的属性に依存して分類が行われる。グラム染色法はその細胞外マトリクスへの取り込み機構は明らかになっていないが、明らかにグラム染色以下の形質を反映するために現在でも有用なツールのひとつである。古細菌概念提唱前はこの点で混乱を招いたことがあったが、現在ではほぼ解決されている。
また近年の分子生物学的発展に伴い、適用の難しかった数値分類学的な(いわゆる客観的な)分類法が重要になってきている。特に16S rRNA系統解析やDNA - DNA分子交雑法といったメソッドは新種認定のための必須事項である。塩基配列決定が困難であった時代はGC含量によって大まかな分類が可能と考えられてきたが、現在でも重要なデータであることは確かだが、含量によって分類以外の特徴を示すことができない。
なお、微生物の新種の記載をおこなっている科学雑誌International Journal of Systematic Evolutionary MicrobiologyではDNA - DNA交雑法を行うことが近縁な2種を分類する最も根拠ある実験としている。
[編集] 栄養的分類
微生物の代謝にて注目すべき点は、エネルギー源および炭素源である。それぞれの資源としてどのようなものを利用できるかによって以下のような分類がある。
これらの、エネルギー源および炭素源の組み合わせによってすべての生物の栄養要求性を説明できる。動物は主として有機物を酸化してエネルギーを得る化学合成従属栄養生物であり、植物は光エネルギーにて二酸化炭素を還元して固定する光合成独立栄養生物である。しかしながら微生物には、これら以外にも光合成従属栄養性と化学合成独立栄養性を示す生物群がいる。
この二つの特徴ある生物群のうち、化学合成独立栄養性を示すものについては物質循環の中でも重要な役割を担っている。また硫黄酸化細菌、水素細菌などは太陽エネルギーに依存しない生態系である深海熱水孔や地下生物圏での一次生産者の役割を果たしていると考えられている。なお、本項の詳しい説明は栄養的分類を参照。
[編集] 命名と分類単位
命名は基本的にリンネの二名式命名法に従って行っている。微生物においては特に属名および種名が基本の呼称とされる。分類には属以上の単位として科、目、綱、門、界、ドメインなどが与えられているが、属の割り当てが微生物の中では最も重要である。属以上の分類単位はあくまで他の微生物の相対的地位であり、生物そのものの表現型を示すものではない(微生物はそれほどまでに多様でいまなお分類は混乱している)。
したがって、属以上の分類単位を個々の微生物に適用する試みは困難かつ失敗を招いてきた歴史があり、現在では細菌を『群』(group)に分け、そこから属レベル(中には目、科レベルでの分類も必要だが必ずしもそうではない)の分類を行う方法が主流である。群による分類法も絶対的なものではなく亜群(sub group)を当てはめるなど改変を迫られている。
細菌分類の大綱として最も有名なものにBergey's Manual of Determinative Bacteriologyがある。現在では、Bergey's Manual of Systematic Bacteriologyという名前に変わっている。また、ドイツ刊行のThe Prokaryotesも総ページ数4000を超える大著となっている。大方支持されているのはBergey's Manualのバージェイ式分類であり、それにのっとった分類がなされている。
[編集] ドメイン細菌(B.)の主な分類
上記の分類法に基づく主な分類群は以下のとおりである。
- B.1:アクチノバクテリア門
- B.2:ファーミキューテス門(グラム陽性低GC含量細菌)
- バチルス綱
- クロストリジア綱(嫌気性グラム陽性有胞子桿菌)
- モーリキューテス綱
- グラム陽性低GC含量光合成細菌
- マイコプラズマ類
- B.3:プロテオバクテリア門
- αプロテオバクテリア綱
- 好気性グラム陰性桿菌および球菌(Rhizobium:根粒菌、Agrobacterium:根頭癌腫病菌-植物への形質転換に用いられる)、通性嫌気性グラム陰性桿菌、出芽細菌、光合成細菌、リケッチア目(Orientia tsutsugamushi:ツツガムシ病リケッチア)
- βプロテオバクテリア綱
- γプロテオバクテリア綱
- δプロテオバクテリア綱
- 粘液細菌、硫酸還元細菌、鉄還元細菌
- εプロテオバクテリア綱
- Campylobacter、Wolinellaなど
- αプロテオバクテリア綱
- B.4:バクテロイデス-フラボバクテリウム類
- B.5:デイノコックス-サーマス門
- (Deinococcus radiodurans:耐放射性細菌、Thermus aquaticus:PCR用のTaqポリメラーゼ資源)
- B.6:プランクトミセス、クラミジアおよび関連細菌
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- 出芽細菌、クラミジア目(Chlamydia trachomatis:トラコーマクラミジア)
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- B.7:スピロヘータ類
- スピロヘータ目(Treponema pallidum:梅毒トレポネマ)
- B.8:緑色硫黄細菌
- B.9:クロロフレクサス門(緑色非硫黄細菌)
- B.10:シアノバクテリア門(藍藻)
- クロオコッカス目(Microcystis:アオコ)、プレウロカプサ目、ユレモ目、ネンジュモ目(Nostoc:ネンジュモ、Anabaena:アナベナ藻)、スティゴネマ目、プロクロロン目
- B.11:分子系統樹において深い分岐をしている細菌
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- Aquifex、Thermotoga、Hydrogenobacterなど(超)好熱性水素細菌
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- B.12:その他/分類位置不確定細菌
なお、英語版Wikipedia[1]では正確にDivisionを反映させた方法で系統的に分類されている。