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インフルエンザウイルス

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インフルエンザ・ウイルス
インフルエンザ・ウイルス

インフルエンザウイルス(influenzavirus , flu virus)は、ヒトに感染して、伝染病であるインフルエンザを起こすウイルス

ウイルスの分類上は「エンベロープを持つ、マイナス鎖の一本鎖RNAウイルス」として分類されるオルトミクソウイルス科に属する、A型インフルエンザウイルス(influenzavirus A)、B型インフルエンザウイルス(- B)、C型インフルエンザウイルス(- C)の3属を指す。ただし一般に「インフルエンザウイルス」と呼ぶ場合は、特にA型、B型のものを指し、その中でもさらにヒトに感染するものを意味する場合が多い。

本来はカモなどの水鳥を自然宿主として、その腸内に感染する弱毒性のウイルスであったものが、突然変異によってヒトの呼吸器への感染性を獲得したと考えられている。中でも1918年に世界的な流行を起こしたスペインかぜ(H1N1亜型のA型インフルエンザ)では4000-5000万人の死者を出した。その後、1957年(アジアかぜ、H2N2亜型)と1968年(香港かぜ、H3N2亜型)に大きな変異を起こして世界的大流行が発生、また1977年にはスペインかぜと同じH1N1亜型のソ連かぜが流行を起こした。その後も新型インフルエンザウイルスが出現することが予測されており、世界的規模で警戒しつづけられている。また一部のインフルエンザウイルスは、ニワトリなどの家禽類に感染して、致死的な伝染病であるトリインフルエンザ(家禽ペスト)を起こすため、養鶏産業にも大きな被害を与える。インフルエンザウイルスに対する治療薬ワクチンも開発されているが、変異のしやすさやひとたび流行したときの被害の大きさから、医学上もっとも重要視されているウイルスの一つである。

目次

[編集] 分類

ウイルスの分類上のインフルエンザウイルスはオルトミクソウイルス科に分類されるウイルスのうち、A型インフルエンザウイルス、B型インフルエンザウイルス、C型インフルエンザウイルスの3属を指す。 オルトミクソウイルス科の特徴は以下の通り。

  • エンベロープを持つ。
  • マイナス鎖の一本鎖RNAをゲノムとして持つ。ゲノムは分節性である。
  • RNA依存RNAポリメラーゼをウイルス粒子内部に含む。
  • RNAの複製が宿主細胞の核内で行われる。

以前はオルトミクソウイルス科には、このA、B、C型インフルエンザの3属だけが分類されており、オルトミクソウイルス=インフルエンザウイルスとして扱われていたが、2005年現在、トゴトウイルス属と感染性サケ貧血ウイルス(イサウイルス)属という、ヒトに対する病原性が見つかっていない2属が新たにオルトミクソウイルス科に追加されているため、インフルエンザウイルスはオルトミクソウイルスのうちの一部という位置づけに当たる。

[編集] A型・B型・C型の違い

A型、B型、C型の違いは、ウイルス粒子を構成するタンパク質のうち、M1蛋白とNP蛋白の抗原性の違いに基づく。また、これ以外にも病態的、形態的、遺伝子的にも違いがあり、特にC型とA、B型とでは違いが大きい。型ごとの違いを以下に示す。

[編集] 抗原性の違い

  • A型、B型、C型では、M1蛋白とNP蛋白の抗原性がそれぞれ異なり交差反応しない(例えばA型のM1やNPに対する抗体はB型、C型のものとは反応しない)

[編集] 病態的な違い

  • A型、B型は毎年冬期(まれに春期)に流行を繰り返し、ヒトのインフルエンザの原因になる。
  • A型は特に内部での変異型が多く世界的な大流行を起こしやすい。ウイルスに対する免疫の持続も短いと言われる。ただしA型インフルエンザウイルスに分類されるもののうち、ヒトに感染するものは少なく、残りは水鳥などの野生生物を宿主とする。
  • B型はA型に比べると流行の規模は小さいが、世界的・地域的な流行を毎年繰り返す。ウイルスに対する免疫はA型よりは長く持続すると言われる。ヒトだけを宿主とする。
  • C型は季節によらず4歳以下の小児に感染する。ほとんどのヒトが乳幼児期に感染するが症状が現れないことも多く、病態的にA、Bとの違いが大きいため、C型インフルエンザという別の疾患として区別して扱われることが多い。免疫は長期間に亘って持続し、一度かかると一生持続する場合も多い。ヒトだけを宿主とする。

[編集] 形態的な違い

  • C型のウイルス粒子では、電子顕微鏡下でエンベロープ上の分子であるHEが6角形に配列するのが観察される。A型、B型ではこれが認められず、A型とB型は形態上では見分けがつかない。
  • C型ではウイルス粒子の繊維状形態が特に顕著に観察される。

[編集] 遺伝子上の違い

  • A型、B型のゲノムは8分節(HA, NA, PA, PB1, PB2, M, NP, NS)、C型のゲノムは7分節(HE, PA, PB1, PB2, M, NP, NS)
  • A型のNA分節にはNA一遺伝子のみがコードされているが、B型ではNAとNBの2つの遺伝子がコードされている。
  • A型のM分節からはスプライシングによってM1とM2の2つのタンパクを生じるが、B型ではM1とBM2というそれぞれORFを持った2つの遺伝子がコードされており、スプライシングを起こさない

[編集] 亜型と株

また、同じA、B、C型のウイルス同士であっても、エンベロープ表面上の分子であるヘマグルチニン(HA)とノイラミニダーゼ(NA)の(C型ではヘマグルチニン−エステラーゼ, HE)抗原性の違いから、それぞれ複数の亜型に分類されている。

A型インフルエンザウイルスは特に型の内部でのHAとNAの違いが大きい。抗原性の大きな違いからこれまで16種類のHAと9種類のNAが報告されており (1999年にスウェーデンで捕獲されたユリカモメからそれまで知られていた15種類とは異なるHAが見出され、2005年に16番目のHAとして報告された)、その組み合わせによってH1N1〜H16N9までに分類される。この分類を亜型と呼ぶ。A型インフルエンザウイルスでは亜型が異なると、宿主となる生物種が異なる場合がある。B型のHAとNAおよびC型のHEは、A型に比べると多様性が低く、亜型による分類は行われない。

同じ型、同じ亜型の内部であってもHAとNAには小さな変異がある。流行を起こすウイルスには地域や年度によって違いがあり、として分離された場所と年度によって命名・分類される。この分類によってインフルエンザウイルスのウイルス株は「A/ニワトリ/香港/258/97(H5N1)」「A/ワシントン/1/33(H1N1)」「B/上海/361/2002」のように、「A、B、Cいずれの属か」「分離された生物種(ヒトの場合は省略)」「分離された場所」「分離された順番」「分離された年度(1999年までの場合は西暦の下2桁、2000年以降は西暦の4桁)」の順に表記し、A型の場合は、最後に括弧内にHAとNAの抗原型を書くかたちで表わされる。

A型インフルエンザウイルスは、毎年流行する亜型や株が異なるが、一シーズンについて見ると流行しているウイルス(流行株)は、世界各地でほぼ同一であり、同時に流行しているのは数種類にとどまる。この特徴は、ワクチンによる予防を行う上でも重要であり、発生が早かった地域でのウイルス検出情報から、その年に流行する株に有効なワクチンが予測され接種されている。一方、B型インフルエンザウイルスにはこのような特徴はあまり見られず、変異の幅が少ないながら多種類の株が同時に流行する傾向がある。

[編集] 歴史

インフルエンザと人類の関わりは古く、古代エジプト時代にはすでにこの感染症が知られていたことが記録に残っている。1876年コッホによる炭疽菌の発見以降、さまざまな感染症についてその病原体が分離・発見されていったが、インフルエンザ病原体の発見は困難をきわめた。

1892年北里柴三郎らがインフルエンザ患者の気道から病原体の候補となる細菌を分離し、Haemophillus influenzae(インフルエンザ菌)と名付けたが、コッホの原則に基づいた証明には至らなかった。当時はまだウイルス自体が認知されておらず、ディミトリ・イワノフスキーによってウイルスの存在が初めて報告されたのが、北里の発見と同じ1892年のことである。

1918年から1919年にかけて、スペインかぜの大流行が発生。人類は初めてインフルエンザの世界的大流行に遭遇した。このときの感染者数は6億人、死者は4000-5000万人にのぼると言われるが、候補となる細菌やウイルスが報告されたものの、マウスやウサギなどの一般的な実験動物で病気を再現することができなかったため、その病原体の証明には誰も成功しなかった。

1933年ワシントンで発生したインフルエンザの患者から分離されたウイルスを使って、フェレットの気道に感染させてヒトのインフルエンザとよく似た症状を再現できることが実験的に示された。この実験によって、インフルエンザの病原体がウイルスであることが明らかとなり、インフルエンザウイルス(後にA型インフルエンザウイルス)と名付けられた。後に、この当時の流行株に対する抗体が、スペインかぜのときに採取されていた患者血清から検出され、スペインかぜの病原体がこれと同じもの(H1N1亜型のA型インフルエンザウイルス)であることが明らかになった。

1940年、インフルエンザ患者から従来とは抗原性が異なるウイルスが分離され、B型インフルエンザウイルスと名付けられた。

1946年、鼻かぜ症状を呈した患者からA、B型と異なるウイルスが分離され、1950年に病原性が証明されてC型インフルエンザウイルスと名付けられた。

1957年、アジアかぜが世界的大流行を起こす。それまで流行していたH1N1亜型とは異なり、H2N2亜型に属する新型ウイルスであることが明らかになった。同時にH1N1亜型のものは姿を消した。

1968年、香港かぜの世界的大流行。H3N2亜型に属する新型ウイルスであった。同時にH2N2亜型のものは姿を消した。

1977年、ソ連かぜが流行。これはスペインかぜと同じH1N1亜型に属するものであった。アジアかぜ以降姿を消していたH1N1型が再び出現した理由は明らかになっていない(一説には、アザラシなどヒト以外の生物が保存していたためとも言われている)。このときはH3N2亜型は姿を消すことなく、以後H1N1とH3N2が毎年流行を起こすようになっている。

1997年、香港でH5N1型という新型の、しかも高病原性インフルエンザウイルスが、トリからヒトに直接感染して死者が発生した。トリからヒトへの直接感染は起きないというそれまでの定説を覆すものであり、世界的大流行が危惧されたが、ヒトの間での伝染力が低かったため大流行には至らなかった。

2001年、欧米や北アフリカ、中近東の数カ国でH1N2亜型に属するウイルスがヒトの間で流行していることが確認された。これはH1N1亜型のH1とH3N2亜型のN2を併せ持ったウイルスであった。2006年現在、流行は小規模にとどまり、H1N1やH3N2に取って代わるほどの勢いはない。

[編集] A型インフルエンザウイルス

A型インフルエンザウイルスは、インフルエンザウイルスの中で最初に発見され、流行の規模や感染時の被害が大きいため、もっとも研究が進んでいる。

[編集] ウイルスの構造

A型インフルエンザウイルスの構造
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A型インフルエンザウイルスの構造

A型インフルエンザウイルスは、直径80-120nm程度の、エンベロープを持つマイナス鎖の一本鎖RNAウイルスである。ただし患者から分離した直後に実験室で培養したものでは1-2µm程度の繊維状の形態を示すことがあり、この場合は光学顕微鏡での観察も可能である。

インフルエンザウイルスのエンベロープは、ウイルスが放出されるときに宿主となる細胞の細胞膜を獲得したもので、その表面には10nm程度の長さの2種類のスパイクが存在しており、それぞれヘマグルチニン(血球凝集素、HA)、ノイラミニダーゼ(ニューラミニダーゼ、NA)と呼ばれる。またエンベロープ表面には少数のM2と呼ばれるエンベロープ蛋白も存在する。エンベロープの内側には、それを裏打ちする形で、M1蛋白と呼ばれるタンパク質が局在しており、これが実質的な殻の役割を果たしていると考えられている。また、最近の研究からM1蛋白の内側にごく微量の、NS2蛋白と呼ばれるタンパク質が結合していることが明らかになった。 ウイルスの遺伝子は一本鎖のマイナス鎖RNAであり、8つの分節(セグメント)に分かれている。遺伝子はそれぞれエンベロープ内部にあるNP蛋白とよばれる核タンパク質にらせん状に巻き付いており、これがインフルエンザウイルスではヌクレオカプシドに相当する。また、それぞれのヌクレオカプシドの片端にはPA, PB1, PB2の3つのサブユニットからなるRNA依存RNAポリメラーゼが結合しており、これによってmRNAの合成やウイルス遺伝子の複製が行われる。

[編集] ウイルス遺伝子

A型インフルエンザウイルスの遺伝子
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A型インフルエンザウイルスの遺伝子

A型インフルエンザウイルスの遺伝子は8つの分節に分かれている。それぞれがコードしているタンパク質からHA(ヘマグルチニン), NA(ノイラミニダーゼ), PA(RNAポリメラーゼ αサブユニット、RNA polymerase α), PB1(RNAポリメラーゼ β1サブユニット、RNA polymerase β1), PB2(RNAポリメラーゼ β2サブユニット、RNA polymerase β2), M(マトリクス蛋白、matrix), NP(核蛋白、nucleoprotein), NS(非構造蛋白、non-structure)と名付けられている。

MとNSを除く6つの分節は、名前の由来になったタンパク質1種類のみをコードしているが、MとNSの2つの分節からは選択的スプライシングによって、それぞれM1とM2、NS1とNS2の2種類のタンパク質が合成される。すなわち、A型インフルエンザウイルスが合成するタンパク質は10種類である。このうちNS1を除く9種類のタンパク質は、ウイルス粒子が構築されるときにその内部に取り込まれるが、NS1は取り込まれない(このため非構造タンパク質と呼ばれた)。なお、A型インフルエンザウイルスのNSは、ウイルスでは最初に見つかった、選択的スプライシングを起こす遺伝子である。

それぞれの分節において、これらのタンパク質をコードしている翻訳領域の両端には、パッケージング配列と呼ばれる独特の遺伝子配列が存在している。これらのパッケージング配列は、細胞内で新しいウイルス粒子が合成されるとき、それぞれのウイルス粒子に8つの分節がそれぞれ一つずつ正しく分配されるために必要である。

[編集] ウイルスの増殖

A型インフルエンザウイルスは、ヒトやブタでは気道上皮細胞に、トリでは大腸上皮細胞に感染して増殖する。また実験室的には、ふ化鶏卵と呼ばれるふ化途中の有精鶏卵の、漿尿液の部分にウイルスを接種して大量に培養することが可能であり、インフルエンザワクチンの製造に用いられている。また、さまざまな動物培養細胞に感染させる実験系も確立されている。

特に実験室的に増殖させる場合、最初はすべて感染性のあるウイルスであったものが、次第に感染性を持たない不完全なウイルス粒子(欠損粒子、DI粒子)に置き換わっていく現象が見られることがある。これは自家干渉と呼ばれ、インフルエンザウイルス以外のウイルスにも見られる現象であるが、インフルエンザウイルスの場合は特にこれをvon Magnus現象(フォン・マグナスげんしょう)と呼ぶ。これは特に、高濃度のウイルスを継代していく場合によく見られる現象で、一つの細胞に複数のウイルスが感染する際、そのうちの一つが完全であれば、残りのウイルスは不完全なものであっても増殖が可能で、次第に後者が優勢になっていくためである。


インフルエンザウイルスの増殖
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インフルエンザウイルスの増殖

A型インフルエンザウイルスの増殖過程を、以下に詳述する。

[編集] ウイルスの吸着

体内に侵入したウイルスは、まず標的になる宿主細胞の表面に吸着する。この過程において重要な役割をするのがヘマグルチニンである。

A型インフルエンザウイルスのヘマグルチニンは、さまざまな細胞表面に存在する糖タンパク質の糖鎖の、シアル酸(N-アセチルノイラミン酸)残基と結合する性質を持ち、感染の最初のステップとして標的になる細胞の表面に強く結合する役割を担った吸着因子である。

ヘマグルチニンが結合するシアル酸はウイルスに対するレセプターにあたるが、ヘマグルチニンとレセプターの結合にはシアル酸残基の有無だけでなく、糖鎖においてシアル酸と結合しているガラクトースの結合位置も同時に重要である。糖鎖におけるシアル酸とガラクトースの結合様式は宿主である生物種によって異なり、またウイルスの変異型によってヘマグルチニンが結合しうるシアル酸残基が異なるため、A型インフルエンザウイルスが感染しうる宿主には違いが生じる。

ヒト由来のインフルエンザウイルスのヘマグルチニンは、シアル酸とガラクトースがα2→6結合したものだけを認識するが、トリ由来のウイルスはα2→3結合したものだけを認識する。そして、ヒトの気道上皮細胞ではα2→6型の糖鎖だけが発現しており、一方、トリの大腸上皮細胞では大部分がα2→3型である。このため両者は互いに交差的には感染せず、トリ由来のウイルスが直接ヒトの間で流行することがなく、その逆もまた起こらない最大の理由だと考えられている。ブタの気道上皮細胞には、α2→3型とα2→6型の両方の糖鎖が発現しているため、ブタにはヒトとトリ両方のウイルスが同時に感染しうる。このことによって、ブタの体内ではヒトとトリ由来ウイルスの「合いの子」が生まれ、これが新型インフルエンザウイルス出現の一因になると言われる。また、ヒトの一部には遺伝的にα2→3型の糖鎖を持った人も存在することも報告されており、これらのヒトには直接トリ由来ウイルスが感染しうるが、大部分の(α2→6型糖鎖を持つ)ヒトの間での大流行にはつながらない。これが1997年以降、香港や東南アジアで発生しているトリインフルエンザのヒトへの感染の原因ではないかと考えられている。

[編集] ウイルスの侵入

ヘマグルチニンによって細胞表面に吸着したウイルス粒子は、そこから細胞内部に侵入する。インフルエンザウイルスでは、この過程は宿主細胞のエンドサイトーシスによって行われる。ウイルス粒子が結合した部分の細胞膜は徐々に内部に向けて陥没し、それを細胞内から裏打ちするようにクラスリンと呼ばれるタンパク質が集まってくる。そして最終的に、ウイルス粒子は、細胞膜に由来する脂質二重膜と、さらにそれをクラスリンが取り囲んだクラスリン被覆小胞(chlathrin-coated vesicle)と呼ばれる小胞に包まれた形で、細胞質に取り込まれる。この過程は、宿主の持つ生理機構であり、ウイルス粒子は「侵入」というよりも、いわば受動的に取り込まれる。

[編集] 脱殻

エンドサイトーシスは本来、細胞表面の異物などをクラスリン被覆小胞によって取り込んで分解するために細胞に備わった機構である。取り込まれた小胞はエンドソームと膜融合し、エンドソーム内部にあるタンパク質分解酵素などの働きで小胞内の異物を分解する仕組みであるが、インフルエンザウイルスはこの過程から巧みに逃れて、ウイルス粒子から遺伝子だけを取り出す(脱殻する)と同時にそれを細胞質に放出する。

脱殻の過程で重要な働きをするタンパク質の一つはM2タンパク質である。M2タンパク質はエンベロープ上に発現するイオンチャンネル型の膜タンパク質である。ヘマグルチニンやノイラミニダーゼと比べると数が少なく、突出も小さいため、通常はスパイクタンパク質には含めない。

M2タンパク質は水素イオンを選択的に通過させるイオンチャンネルであるが、その作用はエンベロープ外の水素イオン濃度に依存する。外側の水素イオン濃度が高い、すなわちpHが低い状態になると、M2タンパク質が開いてウイルス粒子内部に水素イオンが流れ込む。ウイルス粒子を含んだクラスリン被覆小胞はエンドサイトーシスの経路に従って、内部の異物を消化するためにエンドソームと融合するが、その内部が酸性(〜pH5.5)であるため、膜融合がおきるとM2タンパク質が活性化してウイルス粒子内部に水素イオンが流れ込む。するとウイルス粒子内部が酸性化して、それまで構造を保っていたM1タンパク質(実質的な殻に当たる)が、もはや構造を保てなくなり、また同時にウイルス核酸複合体に結合していたM1タンパク質が外れて脱殻を起こす。抗インフルエンザ薬であるアマンタジンは、このM2タンパク質のイオンチャンネル作用を阻害することで、ウイルスの増殖を抑制する。

ただしウイルス核酸が実際に細胞質に放出されるには、これに加えてヘマグルチニンのもう一つの性状が重要になっている。ウイルス粒子表面のヘマグルチニンは、最初HA0と呼ばれる一つのタンパク質であるが、気道や消化管の細胞や黄色ブドウ球菌などの細菌が分泌するタンパク質分解酵素の働きによって切断され、HA1とHA2という二つのタンパク質になる。この現象をHAの開裂と呼ぶ。HAの開裂は、ウイルスの吸着や細胞内への取り込みには関係がないが、その後、ウイルス粒子が細胞内部で分解されてウイルス遺伝子を放出する脱殻の過程には必須である。HAが開裂するとその立体構造が崩れるため、ウイルス粒子が壊れやすくなるが、HA0の状態のウイルスでは強い立体構造のままであり脱殻が正常に起こらないため、その後のウイルスの増殖が起こらない。インフルエンザウイルスが、ヒトでは呼吸器に、トリでは消化管に感染する理由は、レセプターの発現の有無に加えて、このタンパク質分解酵素が存在するかどうかも重要であると考えられており、ヒトにおいては、気道に存在するクララ細胞が分泌するトリプターゼ・クララというタンパク質分解酵素やプラスミンが、この役割を担っていると言われる。また、黄色ブドウ球菌などの細菌とインフルエンザウイルスの混合感染が起きると重篤化しやすいことも、HAの開裂から説明される。

しかし、インフルエンザウイルスの一部には、これらの特殊なタンパク質分解酵素に頼らずとも、細胞内に存在する通常のタンパク質分解酵素によって容易にHAの開裂を起こすものがある。このようなウイルスは気道や消化管だけでなく全身の細胞で増殖できるために、急激かつ重篤な感染を起こす。強毒型あるいは高病原性インフルエンザウイルスとよばれるものには、このように変異したHAを持つものが多いことが判っており、ニワトリに大量死を発生させる高病原性トリインフルエンザがこの代表例である。ヒト由来のウイルスはほぼすべて弱毒型であるが、唯一、1997年に香港で発生したH5N1亜型が高病原性であった。

[編集] ウイルス蛋白合成と遺伝子の複製

細胞質に放出されたウイルス遺伝子にはNP・PA・PB1・PB2が結合してリボ核タンパク質(RNP)の状態にあるが、次にこの複合体は核内に移行し(NPの作用と考えられている)、そこでタンパク質合成のためのmRNA合成と、ウイルス遺伝子の複製が行われる。

インフルエンザウイルスの遺伝子はマイナス鎖の一本鎖RNAであり、それ自身はmRNAとしての活性を持たない(タンパク質に翻訳不能である)。mRNAはウイルス遺伝子を鋳型にして複製することで合成されるが、この複製はウイルス自身の持つRNA依存RNAポリメラーゼによって行われる。しかしながらインフルエンザウイルスの遺伝子上にはmRNA複製を開始するためのプライマー構造や、mRNAの終了を意味するpoly A終末は存在しない。このためインフルエンザウイルスは、PB2の働きによって、宿主細胞がDNAから作り出したmRNAを切断してプライマーとなるキャップ構造とpoly A構造を切り取り、それを自身の遺伝子に結合させてmRNAの合成を行うという、独特の方法でmRNA合成を行う。この方法によって合成されたmRNAは、宿主が作り出したmRNAと同様に処理されて、そこからウイルス粒子の材料になるタンパク質が大量に合成される。

一方、ウイルス粒子のもう一つの「材料」となる、ウイルス遺伝子も同時に大量に複製される。この過程はmRNA合成とは異なり、ウイルス遺伝子の全長を複製する必要があるため、上とは別の機構によって、マイナス鎖RNA→プラス鎖RNA→マイナス鎖RNAという順序で合成されると考えられている。しかし、その機構については具体的にはまだよく判っていない。

[編集] 材料の集合と粒子の再構築

ウイルス由来のタンパク質のうち、ヘマグルチニン、ノイラミニダーゼ、M2タンパク質は、膜タンパク質として小胞体で合成され、糖鎖による修飾を受けながらゴルジ体、分泌小胞を経て、細胞膜に発現する。それ以外のタンパク質は細胞質でmRNAから合成されるが、リボ核タンパク質の構成要素であるNP、PA、PB1、PB2はその後核内に移行し、核内で複製されたウイルス遺伝子と結合して、新しいリボ核タンパク質を作る。また同時に、この複合体が出来ることでウイルス核酸は細胞質に移行できるようになる。

すべての構成材料が揃うと細胞膜の近傍で材料が集合して、ウイルス粒子の組み立てがはじまる。集合部位の細胞膜からは宿主細胞自身の膜タンパク質が排除されて、代わりにウイルスのエンベロープタンパク質が集積する。また細胞質側からM1タンパクが裏打ちするように集合し、8つの分節を一つずつ含むようにリボ核タンパク質複合体が集合する。これらの集合体は、細胞膜から出芽するような形で成長していき、最終的にエンベロープで完全に覆われたウイルス粒子が再構築され、細胞外に放出される。

インフルエンザウイルスの再構築の過程は、宿主細胞のタンパク質が排除されたり、8つの分節が正しく分配されることなどから、高度な分子間相互作用によって制御されていると考えられているが、その機構はまだよく判っていない。

[編集] ウイルス粒子の放出

細胞外に放出された時点でインフルエンザウイルスの粒子はすでに完成されているが、むしろ完成されているが故に、そのままでは他の細胞に感染することが出来ない。ウイルスが感染した宿主細胞の表面にも、ウイルスレセプターとなる糖鎖が多く出現しているため、そのままの状態では放出されたウイルスは直ちに元の細胞表面に結合してしまい、他の細胞に感染を広げることが出来ないからだ。

そこで感染した細胞からウイルス粒子を遊離させるために働くのがノイラミニダーゼである。ノイラミニダーゼは細胞表面の糖鎖をシアル酸残基の部分で切断する活性を持つ酵素であり、この働きによって新たに作られたウイルス粒子が感染した細胞から遊離する。

このため、ノイラミニダーゼを阻害することは、インフルエンザの治療に有効であると考えられており、これを標的にした抗インフルエンザ薬が開発され臨床応用されている。2005年現在、ザナミビルオセルタミビルの二種類が実用化されている。ただしノイラミニダーゼもまた変異するため、これらの薬剤に対する耐性を獲得したウイルスが出現し始めている。特に小児の場合、耐性ウイルスが発生しやすく、オセルタミビルを治療薬として投与した患児の30%近くに、オセルタミビル耐性ウイルスが発生しているという報告もある。

[編集] ウイルスの変異

A型インフルエンザウイルスは、ウイルスの中でも特に突然変異によって変異型ウイルスが出現しやすいものの一つである。インフルエンザウイルスが変異する場合、特に重要視されるのはヘマグルチニンとノイラミニダーゼの、二種類のスパイクタンパク質の変異である。これらのスパイクタンパク質はウイルス粒子表面にあるため、ヒトに感染したときに体内の抗体が結合して中和する標的(抗原)になるが、ウイルスに変異が起こると過去の感染によって作られていた抗体と反応しなくなるため、感染を起こしやすく、また重症化しやすくなる。またヘマグルチニンが大きく変異すると、レセプターとの結合性が変わった結果として、それまでヒトに感染しなかったトリや他の動物のウイルスがヒトに感染する場合もある。この他、M2タンパク質の変異によって、抗ウイルス薬の一つであるアマンタジンに対する耐性ウイルスの出現も報告されている。

インフルエンザウイルスが変異を起こしやすい理由は、他のウイルスと異なり突然変異のメカニズムを二つ持っているためである。このメカニズムはそれぞれ連続変異不連続変異と呼ばれる。

[編集] 連続変異

連続変異(抗原連続突然変異)は、抗原ドリフトとも呼ばれ、ウイルス核酸が一塩基単位で変異を起こすものである。これは、一般に言う遺伝子の突然変異と同じ機構であり、インフルエンザウイルスに限らず、他のすべてのウイルスにも共通に見られる現象である。一般に、このメカニズムによる変異はDNAウイルスよりもRNAウイルスの方が出現の頻度が高い。これは、ほとんどの細胞にはDNAに異常が生じた場合の修復機構が備わっており小さな変異が修復されやすいのに対して、RNAには修復機構が存在しないためであることに因ると言われる。インフルエンザウイルスはRNAウイルスであるため、この機構による突然変異の頻度が他のRNAウイルスと同等に高い部類に属する。

連続変異によって生じる変異は、ウイルスタンパク質のどれか一つにおいて、一つのアミノ酸が変わるなどの、比較的小さな変異であるため「ウイルスの小変異」とも呼ばれることがある。A型インフルエンザウイルスでは、同じ亜型(H1N1や、H3N2など)の内部における、変異株の違いに相当するが、変異が起きた部位がたまたまウイルスの感染性や毒性に関わる重要な部位である場合にはウイルスの性質が大きく変わる。また、小さな変異が積み重なった結果としてウイルスの抗原性が変化すると、従来のウイルスに対する抗体と反応しにくくなり、これが新型ウイルスの流行を起こすきっかけになる。

[編集] 不連続変異

不連続変異(抗原不連続突然変異)は、抗原シフトとも呼ばれ、A型インフルエンザウイルスなど分節した遺伝子を持つウイルスのみに見られる突然変異の機構である。異なる亜型のウイルスが一つの細胞に同時に感染すると、細胞内で合成されたウイルス遺伝子やタンパク質が集合するときに混ざり合い、結果として元のウイルスとは異なった組み合わせの遺伝子分節を獲得した「合いの子」のウイルスが新たに生じる。例えば、H1N1とH2N2が同一細胞に感染すると、不連続変異によって理論上はH1N1, H2N2だけでなく、H1N2, H2N1という新型ウイルスが生まれることになる。

HA, NA以外のウイルス遺伝子についても同様の組み換えが起こり、結果として生じる変異が大きいため「ウイルスの大変異」とも呼ばれることがある。特に、ヒト型のウイルスと他の動物のウイルスとの間で組み換えが起きると、それまでヒトの間には存在しなかった新型のヒトインフルエンザウイルスが出現すると考えられており、実際に1957年のアジアかぜ(H2N2亜型)や1968年の香港かぜ(H3N2亜型)の出現は、この大変異によってトリ由来のウイルスがヒト型のウイルスと組み換えを起こしたことによることが、ウイルス遺伝子の研究から明らかになっている。

それぞれのウイルスのレセプターの違いから、トリ由来のウイルスが直接ヒトに感染、あるいは逆にヒト由来のウイルスが直接トリに感染する機会は低いと考えられており、これまでに起きた二度の大変異がどうして起きたかについては、まだ完全に証明されたわけではない。ただし有力な仮説として、トリとヒトのウイルスの両方に感受性があるブタの体内で組み換えが起きた結果、トリ由来の遺伝子がヒト(ブタ)に感染する新型ウイルスを生んだのではないかと考えられている。

[編集] 病原性

A型インフルエンザウイルスは、ヒトの呼吸器に感染してインフルエンザの原因になる。また、高病原性のトリインフルエンザウイルスがニワトリなどの家禽類に感染するとトリインフルエンザを起こす。これらの病態や症状、治療、予防方法などについては、それぞれの項を参照のこと。

ヒトやブタなど哺乳動物のインフルエンザにおいて、インフルエンザウイルスは発症した患者の気道上皮細胞で増殖する。ウイルス粒子は咳やくしゃみをしたときの唾液などの飛沫に混じって放出され、それがエアロゾルとなって、他の患者の気道に再び感染するという飛沫感染が、主な伝染の様式である。一方、鳥類のインフルエンザにおいては、ウイルスは消化管の上皮細胞で増殖し、新たに作られたウイルス粒子はに混じって排出される。これが乾燥して飛沫になったり、あるいは水を汚染して再びトリの体内に感染するという糞口感染がトリインフルエンザでは主な伝染経路となる。トリからブタへの種を越える感染のときもこの糞口感染が主な感染経路だと言われている。

ヒトのインフルエンザでは呼吸器症状の他に、一部の患者で合併症を起こすことがある。主な合併症は肺炎と脳炎(インフルエンザ脳症)である。肺炎については細菌との混合感染による場合が多いが、本ウイルスによる原発性ウイルス肺炎や続発性肺炎が起きることもある。細菌との混合感染は黄色ブドウ球菌、肺炎レンサ球菌、インフルエンザ菌による場合が多いが、特に黄色ブドウ球菌の場合はHAの開裂を促進するために重篤化しやすい。

脳炎は1-5歳の乳幼児を中心に見られ致命率は20-40%に及ぶが、このとき脳神経細胞でのウイルス増殖は認められず、脳炎の起きるメカニズムはまだ判っていない。

[編集] B型インフルエンザウイルス

B型インフルエンザウイルスは、その特徴や臨床症状の点でA型とよく似ている。特に臨床症状からはA型とB型の区別はできず、A型と同様、ヒトインフルエンザの病原体として重要である。

ウイルスの構造や増殖機構、変異についてもA型に準じるが、以下の点に違いが見られる。

[編集] 構造上の特徴

B型インフルエンザウイルスの遺伝子分節のうち、NAとM分節はA型との違いが大きい。A型のNA分節が、一種類のタンパク質をコードしているのに対して、B型ではNAとNBという二種類の、翻訳開始点が異なる遺伝子がコードされていて、それぞれ合成される。またA型のM分節が選択的スプライシングによってM1とM2を合成するのに対し、B型ではM1とBM2という、翻訳開始点が異なる2つの遺伝子がM分節にコードされていてそれぞれが合成される。

BM2タンパク質はA型のM2タンパク質と構造が大きく異なる可溶性のタンパク質であり、エンベロープには発現しない。A型のM2タンパク質の役割はNBタンパク質が担っており、これはM2阻害剤であるアマンタジンによる阻害を受けない。このため、B型インフルエンザウイルスにはアマンタジンは無効である。NAはA型と同様であるため、ノイラミニダーゼ阻害剤はB型にも有効である。

[編集] 多様性の少なさ

B型インフルエンザウイルスのHAとNAには、A型に見られるほどの多様性がない。このため亜型による分類は行われないが、HAの抗原性の違いから、それぞれの流行株はB/ビクトリア/2/87と、B/山形/16/88という2つのグループに大別することができる。A型の流行期には全世界でほぼ同一の株が流行するのに対して、B型ではこの2つのグループに属する異なる株が世界中に混在した形で流行することが多い。しかしながら、それぞれの抗原の差異はA型に比べて小さいため、B型に対する免疫やワクチンはほぼ同一、すなわちB型の中の特定の株にのみ有効なのではなくB型のいずれかに感染、あるいはワクチン接種すれば、B型すべてに対してほぼ一定の効果を得られ、A型に比べて持続時間が長いことが多い。

B型はヒトには感染するが、他の動物に感染した例は報告されていない。このため種を超えた不連続変異の問題は少なく、B型のウイルス変異では連続変異が中心だと言われてきた。このことも本ウイルスにA型ほどの多様性が見られない理由の一つだと考えられている。しかしながら異なる株が同時期同地域に共存しており、少なくともヒトの間では不連続変異による組み換えが起きていることも明らかになったため、このことと疾患との関係が明らかにされつつある。

[編集] C型インフルエンザウイルス

C型インフルエンザウイルスは、構造や臨床症状の点でA型、B型との差異が大きい。

[編集] 構造上の特徴と多様性

C型インフルエンザウイルスには、A型とB型が共通して持っている、HAとNAという二種類のスパイクがなく、その代わりにHE(ヘマグルチニン−エステラーゼ)と呼ばれる、HAとNAの両方の役割を演じる一種類のスパイクタンパク質を有する。またM分節の発現機構が、A型B型のどちらとも異なり、選択的スプライシングによりM1とP42という二種類のタンパク質を合成した後で、P42が宿主の酵素によってM1'とCM2に切断される。このCM2タンパク質が、A型のM2と同じようにイオンチャンネルとして働くと考えられている。

C型インフルエンザウイルスのHEにもA型に見られるほどの多様性がなく亜型による分類は行われない。3-4グループが混在した形で蔓延していると言われており、このグループ間での組み換えと疾患との関係が調べられつつある。C型はB型同様にヒト以外の動物には感染しない。

[編集] C型インフルエンザ

C型インフルエンザウイルスはA型、B型とは異なり、主に5歳児以下の小児に感染して鼻汁過多を特徴とする鼻かぜ様の症状を呈する。これはC型インフルエンザと呼ばれ、A型やB型と異なり季節性がなく通年にわたって発生する。一度罹患すると免疫がほぼ一生持続し、二度かかることは極めて稀である。小児期にほとんど全ての人が感染するが、この時期に感染しなかった場合には成人にも感染することがある。成人ではさらに咽頭痛などを伴うことがあるが、ほぼ小児のC型インフルエンザと同様である。

[編集] 公衆衛生

インフルエンザウイルスは、エンベロープを持つウイルスであり、石けんや消毒用アルコールなどで処理することによって容易にエンベロープが破壊されて失活する。ウイルス感染は、空気中のエアロゾルだけでなく手や衣類についた飛沫からも起きることがあるため、手洗いが感染予防に有効である。特に石けんや消毒剤を用いると効果が大きい。感染予防を目的としたマスクの着用は、ウイルス粒子そのものの侵入を完全に防御することは出来ないが、吸着によって若干の量を減らす効果と、それ以上に吸気の湿度を保って気道粘膜を保護する役割から、予防には一定の効果があると考えられている。また感染者のマスク着用は、周囲への伝染を防ぐために有効である。

[編集] 抗インフルエンザ薬

インフルエンザウイルスには、その増殖を阻害する薬剤が数種類開発され、実際にインフルエンザの治療に利用されている、有効な抗ウイルス薬が実用化されているウイルスには、この他にヘルペスウイルスヒト免疫不全ウイルス、B型肝炎ウイルスなどが挙げられるが、その数はまだ少なく、インフルエンザは化学療法が成功している数少ない感染症の一つであると言える。一方で、薬剤耐性インフルエンザウイルスの出現もすでに報告されており、医学上の問題になっている。

2006年現在、実用化されている抗インフルエンザ薬はアマンタジンザナミビルオセルタミビルの3種類である。このうち、アマンタジンはA型インフルエンザウイルスのM2タンパク質を阻害することで、ザナミビルとオセルタミビルはA型またはB型インフルエンザウイルスのノイラミニダーゼを阻害することで、それぞれウイルスの増殖を阻害する。詳細については、それぞれの薬剤の項目を参照のこと。

一方、これらの薬剤に対する耐性を獲得した、アマンタジン耐性インフルエンザウイルスや、ザナミビル(オセルタミビル)耐性インフルエンザウイルスの出現も既に報告されている。特にアマンタジンでは耐性ウイルスが出現しやすく、このことはB型に対して無効であること、中枢神経系への副作用が出ることとともに、本剤を使用する上での重要な注意点である。アマンタジン耐性は、主に連続変異によってM2タンパク質の構造が変化することによるとされる。またザナミビルとオセルタミビルの両薬剤に耐性を持つウイルスの出現もすでに報告されている。こちらの耐性機構については、まだよくわかってはいないが、ヘマグルチニンが変異して細胞との結合力が低下して、ノイラミニダーゼの働きが弱くても細胞からの放出が行われることによって耐性を獲得する場合があることが報告されている。このような薬剤耐性ウイルスの出現に対抗するため、新薬開発の取り組みも継続されている。

[編集] 培養と実験技術

インフルエンザウイルスを患者から分離培養するには、ふ化鶏卵を用いた培養法が繁用される。インフルエンザ患者の咽頭拭い液などを細菌ろ過用のメンブレンフィルターを通した後にふ化鶏卵の漿尿液に接種して増殖させ、これを繰り返すことで分離培養する。ただし高病原性ウイルスではニワトリ胎児がすぐに死んでしまい、この方法を用いることができないため大量培養は困難である。

インフルエンザウイルスは、さまざまな動物の赤血球と試験管内で混合すると凝集する性質がある。これは(赤)血球凝集反応(HA反応, hemagglutination)と呼ばれ、ウイルス表面のヘマグルチニンが赤血球表面の糖鎖と結合し、複数の赤血球同士を架橋させて大きな凝集体を作ることによる。この性質を利用して、ウイルスを段階稀釈したときにどこまで凝集するかを調べることで、原液に含まれていたウイルス濃度を算出できるため、インフルエンザウイルスの定量に用いられている。またHA反応はヘマグルチニンに対する中和抗体によって抑制されるため、一定量のウイルスを患者血清と反応させた後でHA反応の有無を検査すれば、その患者血清中に抗体が存在するかどうかを検査することが可能である。これを(赤)血球凝集阻止反応(HI反応, hemagglutination-inhibition)と呼ぶ。血清中の抗ウイルス抗体の濃度上昇は、そのウイルスによる感染が起きたことの証拠であるため、感染の有無を診断するための診断技術として用いられる。

[編集] インフルエンザウイルスの技術的応用

[編集] インフルエンザワクチン

インフルエンザウイルスを人工的に培養して、インフルエンザに対するワクチン(インフルエンザワクチン)を作成することが可能であり、世界中でインフルエンザによる感染や重症化を予防するために利用されている。予防効果や日本における予防接種の実施などについてはインフルエンザの項を参照。

一般にワクチンは、(1)弱毒生ワクチン(弱毒性の生きた病原体を使うもの)、(2)不活化ワクチン(何らかの不活化処理をして感染性を失わせた病原体を使うもの)、(3)成分ワクチン(病原体の特定の成分を精製して使うもの)、に大別され、インフルエンザワクチンではこの3種類とも実用化されているが、日本国内で認可され、流通しているのは成分ワクチンのみである。インフルエンザワクチンの作製はふ化鶏卵を用いて行われ、目的とするウイルス株をふ化鶏卵に接種して増殖させた後、ウイルスを回収して不活化処理を行う。このとき、インフルエンザウイルスでは不連続変異によって「合いの子」ウイルスが出現することを利用して、目的のウイルス株がふ化鶏卵で増殖しにくい場合にも、増殖性の高いウイルス株を同時に接種することで増殖性が良く、流行株の抗原性を備えたワクチン株ウイルスを作製することが可能である。

不活化処理には、ホルマリンなどを用いてウイルス粒子(ビリオン)の構造を保持したまま不活化するものと、界面活性剤ジエチルエーテルなどでエンベロープを溶かしてビリオンを壊して不活化するものがあり、前者をWVワクチン(whole virusの略)、後者をSVワクチン(subvirionの略)と呼ぶ。日本ではジエチルエーテル処理によって不活化したSVワクチンが、HAワクチンの名称で使用されている。ワクチンは毎年、その年に流行する株を予測して作成され、数種類を混合したもの(通常はA/H1N1、A/H3N2、Bについてそれぞれ一株ずつ)が利用されている。

[編集] 遺伝子工学への応用

A型インフルエンザウイルスのヘマグルチニン(HA)は、早期から生化学分野で研究が進められたタンパク質である。このため遺伝子工学の分野でも、1990年代初期から利用されてきた。遺伝子工学の分野ではヘマグルチニンに含まれる、9つのアミノ酸配列からなるペプチド(YPYDVPDYA)をHAタグと呼んで利用する。N末端またはC末端のどちらかにHAタグがついた状態で、目的とするタンパク質が合成されるように、遺伝子発現のためのプラスミドを設計すると、そのタンパク質の機能そのものには大きな影響を与えずに、HAタグに対する抗体を用いてタンパク質の精製や、タンパク質の発現、結合する分子などの解析が可能になる。同様なタグペプチドには、他にFLAGタグ、Mycタグ、Hisタグ、GSTタグなどが開発されているが、HAタグはこれらと並んでよく利用されているものの一つである。

[編集] 関連項目

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