化学療法
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化学療法(かがくりょうほう、chemotherapy)は、医薬品を使って病気を治療することである。薬物療法ともいう。パウル・エールリッヒの造語で、元来は、感染症の化学薬品による治療を意味していた。それが、微生物由来の抗生物質が発見され、化学薬品ではない薬物治療も化学療法と呼ばれるようになった。「感染症の化学療法 (antibacterial chemotherapy)」は抗生物質の項に詳しい。結核の治療、自己免疫疾患の治療にも化学療法の語が使用される。
今日、単に化学療法といった場合は、抗がん剤治療、つまりがん化学療法を指さす場合が多い。他の治療法、例えば外科手術、放射線療法と対比する場合に使われる。
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[編集] 歴史
薬剤により原因に作用して疾病を治療するという化学療法の方法論は、その実践は古く、ペルーのインディオがマラリア治療にキナ樹皮を利用したことにまで遡るが、がんに対する化学療法は1940年代に窒素マスタード剤と坑葉酸剤の登場により始まった。パウル・エールリッヒが化学療法の概念とした提唱した「魔法の弾丸」に相当するがんの化学療法剤の研究開発は第二次世界大戦後に上記の窒素マスタード剤(アルキル化剤)と坑葉酸剤(代謝拮抗剤)に始まり、今日では抗がん剤市場は数兆円規模の市場に成長している。ターゲット療法の到来は化学療法に革命的成果をもたらしているが、化学療法の原理と限界は、黎明期の研究者において、もはや見出されていることでもあった。
[編集] がん化学療法
がんはDNAの突然変異による細胞の制御不能の増殖で、場合によっては、ある種の腫瘍を拡大させる傾向は遺伝する。広義には、ほとんどの化学療法剤は細胞分裂を阻害することで、短時間で分裂する細胞を効果的に標的にする。このような薬剤は細胞に障害を与えるので、細胞毒性 (cytotoxic) と書き表される。ある種の薬剤はアポトーシス(事実上の「細胞の自殺」)を引き起こす。
イマチニブ (imatinib) がフィラデルフィア染色体 (Philadelphia chromosome) を標的にするような例を除くと、不幸なことに、科学者は悪性腫瘍の細胞を特異的に標的とする仕組みを見出すことができていない。短時間に細胞分裂を繰り返す細胞に作用するという意味は、髪の毛の伸長や小腸の上皮細胞の置き換わりに対しても同様に作用するということである。ある状況においては、いくつかの薬剤は他のものよりも、ましな副作用を持ち、少し患者の為になるならば医者は治療計画を建てることができる。化学療法は細胞分裂に作用するので、急性白血病 (acute myelogenous leukemia) やホジキン病を含むリンパ腫など増殖分画はがん細胞の大半が細胞分裂の途上にあり、化学療法剤に感受性が高い。
また化学療法剤は「幼若化」した(すなわち未分化の)腫瘍に作用する。なぜならば、分化段階が進むと細胞は増殖が減少する傾向がある。ある種の固形がんは細胞分裂が亢進しているので、化学療法の感受性が高くなっている。一方、ある固形がんではがんの芯まで化学療法剤が到達しない事が問題となる場合もある。その様な場合は、放射線近接照射療法やもちろん外科手術が解決法となる。
[編集] 抗がん剤の種類
抗がん薬を分類すると、アルキル化剤 (alkylating agents)、代謝拮抗剤 (anti-metabolites)、植物アルカロイド (plant alkaloids)、そして抗腫瘍剤がある。全ての薬剤はDNA合成あるいは何らかのDNAの働きに作用し、作用する細胞周期をもって分類する。
新しい化学療法剤にはこの分類が適当でないものがあり、例えば、分子標的薬のメシル酸イマチニブ (imatinib mesylate) (Gleevec® or Glivec®) はチロシンキナーゼ阻害剤である種のがん(慢性骨髄性白血病や消化管間質腫瘍 Gastrointestinal stromal tumors)などの異常タンパク質に直接作用する。
[編集] アルキル化剤
アルキル化剤は細胞内条件下で、種々の電気陰性基をアルキル化することでその名称がつけられた。アルキル化剤は直接DNAを攻撃して二重鎖のグアニル塩基同士を架橋することで腫瘍の増殖を停止させる。架橋によりDNAは一本鎖になったり分離することが出来なくなる。二重鎖が解けることはDNAの複製に必須の為、細胞はもはや分裂することができなくなる。
重要なアルキル化剤の代表として、ナイトロジェンマスタード (nitrogen mustard)、シクロホスファミド、ニトロソウレア類などがある。
[編集] 白金製剤
DNAと結合することにより、癌細胞の細胞分裂を阻害する。シスプラチン、カルボプラチン、ネダプラチン、オキサリプラチンがある。
[編集] 代謝拮抗剤
代謝拮抗剤 (anti-metabolites) はDNAの構成要素のプリンやピリミジンのイミテーションであり、(細胞周期の)S期にDNAへのプリンやピリミジンの取り込みを防止する。それにより、正常な増殖や分裂は停止する。重要な代謝拮抗剤の代表として5-フルオロウラシル (5-FU) が挙げられる。
[編集] 抗がん性抗生物質
1953年に梅沢浜夫が発見したザルコマシシンが最初の抗がん性抗生物質 (antitumour antibiotic) であり、DNAポリメラーゼを阻害する。いろいろ異なる種類があるが、おもに2つの方法で細胞分裂を阻止する。
- DNAに結合して分離できないようにする。
- 酵素を抑止してRNA合成を阻害する。
マイトマイシンC、アントラサイクリン系のドキソルビシン、エピルビシン、ダウノルビシンなどがある。
[編集] 抗がん性植物アルカロイド
これらの抗がん性アルカロイドは植物より産生され、微小管の形成を抑止することで細胞分裂を妨害する。微小管は細胞分裂の活力源であり、これ無しには細胞分裂は始まることは無い。この種のアルカロイドの代表はビンクリスチンなどのビンカアルカロイド(ニチニチソウアルカロイド、vinca alkaloids)が挙げられる。
[編集] 分子標的薬
トラスツズマブ、リツキシマブ、イマチニブ、ゲフィチニブなどがある。
[編集] ホルモン療法
いくつかの悪性腫瘍はホルモン療法に反応する。
- ステロイド(よく使われるのはデキサメタゾン (dexamethasone))は(脳腫瘍において)腫瘍の増殖と腫瘍関連した脳浮腫を防止する。
- 前立腺がんはフィナステリド (w:finasteride) に感受性がある。フィナステリドはテストステロンから5-ヒドロキシテストステロンへの変換するあたりを抑止する薬剤である。
- 乳がんはしばしばエストロゲンやプロゲステロン受容体陽性であり、同ホルモンの生成阻害(アロマターゼ阻害剤 aromatase inhibitors)やホルモン作用の阻害(タモキシフェンtamoxifen)が補助療法として利用される。
ほかにも、ホルモン感受性腫瘍が存在するが作用機序は不明である。
[編集] 治療形態
今日においては化学療法剤を管理する方法は数多く存在する。集学的治療 (combined modality chemotherapy) は薬剤のほかに(放射線療法や外科手術など)他のがん療法を併用する。今日では多くの腫瘍がこの方法で治療されている。
多剤併用療法 (combination chemotherapy) はいくつもの薬剤を同時に患者に投与する同様な治療法である。薬剤は異なる作用機序と副作用のものが選択される。1つの薬剤の場合と異なり、がんが耐性化を獲得する機会が最小になるのがこの方法の最大の利点である。
(術後)補助化学療法 (adjuvant chemotherapy) は、外科手術などによりがんが取り除かれた後に一定期間行われるもので、がんが存在する証拠がほどんど無い場合に使用される。この療法によって再発のリスクが減少する。この療法は腫瘍が増殖する際に耐性を獲得する機会を減少させる手助けになる。体の他の組織に転移した腫瘍細胞を殺すのにも有効であり、新たに増殖し盛んに分裂する腫瘍はとても感受性が高いので、しばしば効果的でもある。また、手術の前に化学療法を行う治療法も乳がん等を中心に行われており、これは術前化学療法 (neoadjuvant chemotherapy) といわれている。
一般に抗がん剤の投与量は、その効果を最大限に引き出すため、患者が耐えうる最大の投与量(最大耐用量 : MTD)で設定されている事が多い。そのため、化学療法の治療計画は、使用する抗がん剤の組み合わせはもちろん、治療を受ける患者の背景(全身状態、臨床症状、合併症、既往歴など)に応じて慎重に決定される。また、治療中も患者の臨床症状や臨床検査値などを定期的に確認し、治療効果と副作用のバランスを鑑みながら治療計画を修正していく。
[編集] 用量
化学療法剤の用量については難しさがある。少なすぎれば腫瘍に効果が無く、多すぎれば患者が耐えられない毒性(副作用や好中球減少症 neutropenia)が発現する。 そのために多くの病院では用量や毒性の補正のガイダンスとなる詳細な「投薬計画 (dosing schemes)」を作成する。
多くの場合には、患者の体表面積値 (body surface area, BSA) で用量を補正する。体表面積値は身長と体重から計算で求めた、体容積の概算値である。普通BSA値は、実際に計測するよりも、計算するか数表 (nomogram) を使って計算する。
[編集] 投与
多くの化学療法は静脈内投与される。患者によったり、がんの種類・段階および化学療法の種類と用量によって、静脈内投与化学療法は入院になるか通院になるかが決まる。プレドニゾンやメルファランなど少数の薬剤は経口投与である。
化学療法は中心静脈に投与される。そのことにより、末梢静脈の炎症を予防しつつ、確実に循環器系に薬剤を投与できる。
[編集] 副作用
治療は患者の身体的な拒絶を受ける。現在の化学療法技術では副作用の範囲は主に身体の細胞分裂が亢進した細胞にたいして生じる。(薬剤特有の)重大な副作用を次に示す。
- 頭髪を失う
- 吐き気ならびに嘔吐
- 下痢または便秘
- 貧血
- (致死的な重篤度の)感染や敗血症を引き起こすほどの免疫系の抑制
- 出血
- 二次がん
- 心毒性
- 肝毒性
- 腎毒性
原理的には、全ての化学療法の投薬は免疫系の抑制を引き起こし、骨髄機能を麻痺させ赤血球や血小板など血球細胞を減少させる。赤血球あるいは血小板の減少は、生じたとしても輸血により補うことが出来る。好中球減少症(Neutropenia; 好中球が 0.5 × 109/リットル以下に減少)は合成G-CSF(顆粒球コロニー刺激因子 granulocyte-colony stimulating factor; filgrastim, Neupogen®, Neulasta®)で補える。
場合によっては投薬により重篤な骨髄抑制が発症し、骨髄基幹細胞(白血球および赤血球を作り出す細胞)が破壊され、それは他者から、あるいは自己骨髄移植が必要になることを意味する。自己骨髄移植は治療前に患者から取り出した骨髄基幹細胞を培養し、化学療法後に再度注入する。他者からの骨髄移植はドナー探しが必要となる。患者によっては骨髄障害によって病状が進展する場合もある。
化学療法で引き起こされる吐き気と嘔吐は制吐剤で軽減できる。通常はメトクロプラミド (Metoclopramide) や5-HT3受容体拮抗薬(ドラセトロン (dolasetron)、グラニセトロン (Granisetron)、オンダンセトロン (Ondansetron))が使用される。
ある調査研究[1]、あるいは患者団体の要望によると、マリファナ療法から派生したカンナビノイドを使用すると、化学療法の吐き気や嘔吐が減弱し、患者は食事をとることができるようになるとされている。
重症リンパ腫のような重篤な腫瘍の場合、患者によっては悪性腫瘍細胞が急速に崩壊し、腫瘍崩壊症候群を発症する。その為にプロフィラキシスが使用され、しばしば重篤な腫瘍患者の第一選択薬となっているが、腫瘍崩壊症候群は治療しないと致命的な危険な副作用である。
化学療法は心臓血管系疾患のリスクをも増大させ、時として二次がんの原因となる。
[編集] 関連項目
[編集] 出典
- Tramer MR et al. (2001) "Cannabinoids for control of chemotherapy-induced nausea and vomiting: quantitative systematic review". BMJ 323: 16-21. http://www.bmj.com/cgi/content/full/323/7303/16
[編集] 外部リンク
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