都営バス杉並支所
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都営バス杉並支所(とえいバスすぎなみししょ)は、地下鉄丸ノ内線新高円寺駅近くの東京都杉並区梅里一丁目にある支所である。2003年4月1日より、業務全般の管理をはとバスに委託したため、東京都の組織としては廃止されたことになっているが、現在も車庫機能を有し、利用者への案内上は都営バスの支所として存続している。営業所記号は「D」を用いる。
杉並支所の路線は、比較的長距離を走るものが多く、また営業所から離れたエリアを走る路線も受け持っている。このため路線は、杉並区、渋谷区、新宿区、中野区、練馬区、板橋区、北区、世田谷区、港区、品川区の10区にまたがっている。
杉並支所の敷地は都電杉並営業所の跡地を利用したものであるが、バスの事業所としての前身は、堀ノ内にあった堀ノ内営業所になる。これを移転することにより、1966年11月に杉並営業所として開設され、2000年12月の再編時に早稲田営業所の支所に降格した。なお、営業所時代は管轄下に青梅支所を置いていたが、同時に同支所も早稲田営業所の管轄に変わっている。
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[編集] 沿革
かつては、銀座、晴海埠頭方面への主要路線都03、都05を中心に担当していた。都03は長距離旅客が多く都市新バス系統にも関わらず営業係数120~130を彷徨っていた上、晴海の見本市会場が東京ビッグサイトに移転し利用者が減少したこともあり、これらを踏まえて都営大江戸線の全線開業と同時に都03は新宿駅西口~四谷駅間が廃止され、都05とともに所轄が深川となり、杉並営業所は支所に降格した。2003年4月1日より、都営バス初のはとバスへの民間委託が開始された。都職員の乗務員は全員、早稲田、渋谷、小滝橋などに転属となり、車両についてはメンテナンス上の理由でハイブリッドバスを品川、渋谷、目黒、葛西(現・江戸川)に転属させ、その代償として一般のディーゼルバスを受け入れた。担当系統は渋66、王78、宿91の従来から杉並で担当していた系統と、品川営業所から移管した品97系統である。なお、支所化後、JRバス関東、神姫バスなどの高速バスの待機場となっている。ちなみに、配置されている車両は全て指定メーカーの日野自動車である。
[編集] 現行路線
[編集] 渋66系統
京王バス東・永福町営業所と共管。
- 渋66 渋谷駅~代々木八幡~新国立劇場~代田橋~方南八幡通り~堀ノ内~杉並車庫~阿佐ケ谷駅
- 渋66 渋谷駅~代々木八幡~新国立劇場~代田橋~方南八幡通り~堀ノ内~杉並車庫
- 渋66 和田堀橋~堀ノ内~杉並車庫~阿佐ケ谷駅
- 渋66 杉並車庫~阿佐ケ谷駅(出入庫)
- 1957年7月1日 131系統として全線開通し、京王バスとの相互乗り入れを開始。
- 1966年11月30日 堀ノ内営業所が杉並営業所(現支所)に移転。
- 1972年11月12日 系統番号が渋66となる。
- 2003年4月1日、新宿支所に移管、新宿車庫~渋谷駅/阿佐ケ谷駅間の出入庫系統を開設。
- 2006年4月1日、新宿支所が分駐所に格下げ及び、渋66はとバスに委託に伴い、杉並支所に再移管、これに伴い新宿車庫発着の出入庫系統を廃止。
渋66は杉並営業所(現支所)開所以来の生え抜き系統である。平成に入り一時期利用客が減少し、京王が路線の撤退をほのめかしたため、和田、堀ノ内、方南、和泉の沿線住民は渋66系統の利用を促進した。その結果縮小は免れ、都営:2、京王:1の比率での運行となった。その後、京王は、バス部門の経営効率化を進めるとともに、都内の路線網を積極的に拡充する方針に転じ、渋66においても担当本数を増やした。2003年4月に杉並支所ははとバスに委託化されたが、この当時渋66系統は委託を免れたため、新宿支所に所轄変更した。このダイヤ改正では、本数比率が都営:1、京王:2と逆転した。これに伴い玉突きで品97はほぼ品川に移管したが、2005年4月の品97系統のはとバス委託に伴い、杉並へ完全移管となり、新宿、品川ともに品97は担当しなくなった。しかし交通局の方針変更により、渋66系統も2006年4月よりはとバス委託となり、杉並支所に再移管となった。
[編集] 備考
- 渋66系統指定共通定期券発売所
- 都営バス渋谷駅前案内所(東口)
- 都営バス渋谷営業所新宿支所
- 都営バス早稲田営業所杉並支所
- 京王バス東永福町営業所
[編集] 王78系統
- 王78 王子駅~大和町~南常盤台~羽沢~豊玉北~野方駅南口~高円寺駅入口~東高円寺駅~新宿駅西口
- 王78 王子駅~大和町~南常盤台~羽沢~豊玉北~野方駅南口~高円寺駅入口~杉並車庫
- 1982年3月28日 志村営業所の廃止に伴い同所から杉並営業所(現支所)に再移管。その後練馬との共管となる。
- 2003年4月1日 はとバスへの委託を開始、杉並単独となる。
王78系統は、青梅街道、環七通りを経由して新宿と北区の王子を結ぶ路線である。全長20km近くに及び、都営バスとしては長距離線の部類に入る。また志村営業所廃止以降、都営バスで唯一板橋区に乗り入れている系統である。バスレーン実施時間帯の早朝を除き、所要時間が余計にかかることもしばしばある。なお、東十条四丁目~高円寺駅入口間は、国際興業バス・関東バスの赤31系統と重複するため、両社との区間指定共通定期券を取り扱っている。
[編集] 宿91系統
- 宿91 新宿駅西口~東高円寺駅~堀ノ内~方南八幡通り~代田橋~新代田駅~若林駅~上馬~駒沢陸橋
- 宿91 新宿駅西口~東高円寺駅~堀ノ内~方南八幡通り~代田橋~新代田駅
- 宿91(出入庫)新宿駅西口~東高円寺駅~杉並車庫
- 宿91(出入庫)杉並車庫~堀ノ内~方南八幡通り~代田橋~新代田駅~若林駅~上馬~駒沢陸橋
- 宿91(出入庫)杉並車庫~堀ノ内~代田橋~新代田駅
- 1968年6月25日 東急と相互乗り入れを開始、新宿駅西口~大森操車所となる。
- 1986年2月16日 相互乗り入れを取りやめ、新宿駅西口~野沢銀座に短縮。
- 1993年4月1日 駒沢陸橋まで延長。(短縮区間の一部復活)
- 2003年4月1日 はとバスへの委託を開始。
宿91系統は、杉並の生え抜き系統であり、杉並で唯一所轄変更が行われなかった系統でもある。新宿から青梅街道を西へ走り、高円寺陸橋から環七に入り駒沢陸橋まで南下していく路線である。途中の新代田駅折り返し便と新宿駅~杉並車庫線は、もともと宿73系統として運行していたものを1990年に経路が重複するため系統を統合したものである。
環七の開通後、1968年より都営と東急が相互乗り入れを行うこととなり、2社共同で新宿駅西口~大森駅~大森操車所間を運行するようになった。この頃は、都営が杉並営業所、東急は駒沢営業所(1984年3月16日廃止)が担当していた。しかし、環七通りと青梅街道の渋滞が激しく、定時運行が困難となったことから、1984年に路線を分割、その結果、都営は新宿駅西口~野沢銀座間(宿91系統)、東急は新代田駅前~大森操車所間(森91系統)となった。
その後、1993年に宿91本線は駒沢陸橋まで延長され、僅かながら大森発着時代の一部区間が復活した。これは、野沢銀座発着時の折り返しに使用していた東急バス野沢折返所が廃止されたため、折り返し地点を駒沢陸橋下のUターンレーンに変更したことによるものである。なお、この駒沢陸橋停留所は、都営バスおよび一部並行する小田急バス・下61系統用に新設されたものであるため、東急の森91は停車しない。
[編集] 品97系統
- 品97 (品川車庫→)品川駅~魚籃坂下~広尾橋~青山一丁目駅~四谷三丁目~新宿追分~新宿駅西口
- 品97 品川車庫前→北品川→品川駅前→魚籃坂下→広尾橋→青山一丁目駅前→四谷三丁目→新宿追分→新宿駅西口
- 品97 品川駅~魚籃坂下~広尾橋~青山一丁目駅~四谷三丁目~歌舞伎町~新宿駅西口(休日)
- 1969年10月26日 都電7系統の代替バス路線として開通。
- 2000年12月12日 新宿駅西口~品川車庫に変更、四97から品97となる。品川営業所、新宿支所の共管路線となる。
- 2005年4月1日 杉並支所に移管、はとバスへの委託を開始。
本系統は、品川駅前~四谷三丁目間を結んでいた都電7系統の廃止に伴う代替バス路線として運行を開始した。2000年12月の都営地下鉄大江戸線全線開業時の再編までは、四97系統として品川車庫~四谷駅間を結んでいたが、この再編時に、都03系統の新宿駅西口~四谷駅間、および新宿駅西口~信濃町駅~田町駅東口(港区スポーツセンター)間を結んでいた田70系統の全線が廃止されたため、これらの代替として、四谷三丁目から西に進路を変え新宿に至るようルートを変更し、あわせて系統名を品97に改めた。
担当営業所は品川であったが、上記改正に伴い新宿支所が大半の便を担当する形での共管となった。2003年4月からは渋66が新宿支所に移管されたことに伴う負担軽減、および回送距離削減を背景に新宿担当便が大幅に減少し、品川営業所主管に変更された。その後2005年4月よりはとバスによる受託運行路線となり、全便杉並支所に移管された。このため、夜間には品川駅から国道15号~山手通り(大崎駅・中目黒駅・初台)を経由して杉並車庫までの回送がおこなわれており、営業路線とはまったく関係のないエリアで同所の車両を見ることができる。なお、品川営業所の一部の車両は杉並支所に移動し、引き続き同系統で使用している。
[編集] 備考
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