立石智紀
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立石 智紀(たていし とものり、1974年4月22日-)は千葉県出身のサッカー選手。ポジションはゴールキーパー(GK)。ジェフユナイテッド市原・千葉所属。堀越高校卒業後、ジェフユナイテッド市原(当時)に入団。途中、アビスパ福岡に期限付き移籍している。
ジェフ市原入団当初は日本代表GK下川健一(現横浜FM)の控えとして、また後には、成長著しい若手GK櫛野亮の控えとして、長くジェフの第2GKの地位に甘んじてきた。
GKというポジションの特異性から、チームの第2、第3GKの出番はきわめて限られる。しかし、いつ何が起こって出番が回ってくるかは誰にも分からない。もしそのような場合に、第1GKと第2GKの力量の差があまりに大きければ、チーム力は極端に低下してしまうであろう。第2GKは、ただひたすら出番を待ちながらも、決して自らの技量を落とすことは許されないのである。
立石もまた、サテライトでの出場を続けながら研鑽を積み、チームのいざという時のために、じっと出場の機会を待ち続けてきた。その間ずっと、若い選手の多いジェフで、ベテランとしてチームを支えてきた。
そして2005年。リーグ戦後半に入ると櫛野から先発を完全に奪取(19節柏レイソル戦から)。以後の公式戦でチームの堅守に貢献するとともに、ナビスコカップ決勝でも神懸り的セーブを連発、PK戦にまでもつれたこの試合で、相手キッカーのPKを一本止め、自ら試合に決着をつけた。
若い選手が多く、中西永輔らが移籍したジェフの中では唯一のJ開幕当時からのメンバーである。 安定したセービングが持ち味。昨季はレギュラー奪取に成功
目次 |
[編集] 経歴
- 船橋市立行田中学→堀越高校
- ジェフユナイテッド市原 1993-1997
- アビスパ福岡 1998
- 期限付き移籍。3試合に出場。
- ジェフユナイテッド市原 1999-2004
- ジェフユナイテッド市原・千葉 2005-
[編集] 戦歴
[編集] Jリーグ通算成績
年度 | チーム | リーグ | 背番号 | リーグ戦 | カップ戦 | 天皇杯 | |||||
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J・J1 | J2 | ||||||||||
出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
1993年 | 市原 | J | - | - | |||||||
1994年 | 市原 | J | - | - | |||||||
1995年 | 市原 | J | - | - | - | ||||||
1996年 | 市原 | J | - | - | |||||||
1997年 | 市原 | J | - | ||||||||
1998年 | 福岡 | J | 21 | 3 | 0 | - | |||||
1999年 | 市原 | J1 | 12 | 0 | 0 | - | |||||
2000年 | 市原 | J1 | 12 | 5 | 0 | - | |||||
2001年 | 市原 | J1 | 12 | 8 | 0 | - | |||||
2002年 | 市原 | J1 | 12 | 8 | 0 | - | |||||
2003年 | 市原 | J1 | 12 | 0 | 0 | - | |||||
2004年 | 市原 | J1 | 1 | 1 | 0 | - | |||||
2005年 | 千葉 | J1 | 1 | 12 | 0 | - | |||||
2006年 | 千葉 | J1 | 1 | - | |||||||
通算 | 47 | 0 | - |
[編集] 個人タイトル
- 2005年 ナビスコカップMVP
ジェフユナイテッド市原・千葉 - 2007 |
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1 立石智紀 | 2 坂本將貴 | 3 斎藤大輔 | 4 水本裕貴 | 5 ストヤノフ | 6 阿部勇樹 | 7 佐藤勇人 | 8 水野晃樹 | 14 田中淳也 | 15 中島浩司 | 16 山岸智 | 17 櫛野亮 | 18 巻誠一郎 | 19 伊藤淳嗣 | 20 工藤浩平 | 21 中牧大輔 | 22 羽生直剛 | 23 楽山孝志 | 24 結城耕造 | 25 加藤韻 | 27 熊谷智哉 | 28 堀川恭平 | 29 青木孝太 | 30 岡本昌弘 | 31 市原充喜 | 34 中原浩介 | 36 竹田忠嗣 | 39 松本憲 | 40 黒河貴矢 | 監督 アマル・オシム | クラブ | 編集 |
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