立たせる
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立たせる(たたせる)とは、動詞の「立つ」に使役を表す助動詞の「せる」を組み合わせた言葉であり、大別して以下の5つの語義がある。
- 物理的に力を行使して、立つことのできない者や立つことを遅疑逡巡・拒否する者を、立ち姿勢にさせること。
- 他の身体に触れることなく、懇願・依頼・命令・脅迫・合図などの言語行為のみによって、立ち姿勢にさせたり立ち姿勢を維持させたりすること。厳粛さを要求される儀礼的場面において頻繁に用いられる。また眠らせないための拷問に用いられることがある。
- 近代化した社会における教育場面において、教える側の権力によって学習者に座姿勢の中断と起立を命じること。またとりわけ、自力での移動を伴った上で特定の空間における一定時間の起立姿勢の保持を命じること。近代教育に特有な「教室」という概念が発明されていないと充分には成立しない。授業開始終了時の儀礼的な起立や朝礼等における起立、および、表彰したり賞賛するために立たせる場合はここには含めず2に含めるとする(があながち無関係でもない)。また学校や塾・お稽古事などの公私問わず制度的な教育場面の外部、たとえば家庭におけるそれもさしあたりここには含めない。
- 他人を困難な状況に追い詰めること。能動主の不明な受動態で用いられることが多い。例「岐路に立たされた」「窮地に立たされた」など。
- 性的なスラング。勃起させる。しばしば別の漢字(勃たせる、など)が充てられる。
この項目では専ら3を解説する。
[編集] 使用状況
「立たせる」と能動態に用いることもあれば、「立たされる」と受動態に用いられることもある。受動態で用いられるときは教員その他の能動主が省略されることが多いのが特徴であり、能動主を欠落させても充分文意が通る。使役要素を含むことがこの語の本質であり、使役要素を欠落させるとまったく別の概念になる(例:立たれた)。
教育場面における立たせる行為(とその結果)には、的確な名詞が見当たらないため、多くの辞書には見出し語として設定されていない。しかし、「ヤラセ」という語の使用状況から読み取れるように、使役要素を含むから名詞化されにくいというわけではない。
また流通性の高い語であり、非常に多くの日本人が(そしておそらく近代化された社会における他言語使用者もまた)「立たせた」「立たされた」という語によって、教育場面における固有の(そしてしばしばステレオタイプな)表象・イメージ・状態・物語を非常に高い頻度・精度で想像することができる。対面的な空間における目撃経験を持たない多くの者であっても、メディア・表象文化や年長者からの概念の教授によってこのような相互理解を達成しているさまは、驚嘆に値する。
したがって、「立たせる」は充分に固有の使用文脈を備え弁別性の高い語であるといえよう。
立たせることに関連した名詞もほとんど見当たらない。英語圏ではスパンキング場面に限らず立たせておく時間をコーナータイム(corner time)と呼び、この語はある程度人口に膾炙しているが、日本語でこれに匹敵する語はない。また日本語ユーザーがコーナータイムと言った場合は、もっと限定的な(見方によっては別の)概念を指示している(すなわちスパンキング場面におけるそれに限定している)。
『クイズ 廊下に立ってなさい!』はアーケード等のクイズゲームの名称であるが、命令形こそがイメージ喚起力の高い名詞たりうることを示す興味深い事例である。