宇宙の戦士
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宇宙の戦士(うちゅうのせんし、原題:Starship Troopers)は、アメリカのSF作家ロバート・A・ハインラインによる、戦争をテーマとしたSF小説。ヒューゴー賞受賞作品。
1959年という、冷戦時代の真っ直中、ベトナムの情勢が戦争へ向けて大きく傾いていた時期に刊行された。
注意 : 以降に、作品の結末など核心部分が記述されています。
目次 |
[編集] 概要
舞台は未来の地球。裕福な家庭に生まれた主人公の少年・ジュアン・リコ(ジョニー)が、高校卒業後に両親の反対を押し切って軍隊に入り、徹底的にしごかれて、一人前の機動歩兵になっていく過程を描いた作品。特に、訓練キャンプ「アーサー・キューリー」での軍事訓練および宇宙生物との戦いを描いている。(主人公はフィリピン系であり、作品の終盤に彼の母語がタガログ語である、という形で明らかにされる)
21世紀初頭、増加する犯罪と政府の非効率に対して寛大すぎた西側社会は荒廃し、加えて覇権主義的な中国に対するアメリカ=ロシア連合との大戦争(おそらく、最初の宇宙での戦争)で地上は破壊され、終戦後西側の民主主義は崩壊した。混乱する地球社会において退役兵たちが事態を収拾し、その後誕生した地球連邦では軍事政権によりユートピア社会が築かれていた。社会は清廉で規律を重んじ、能力主義が徹底され人種・性別による差別はなく、作中でもユダヤ人、日本人、ドイツ人、イタリア人、アラブ人、ヒンドゥー教徒、インドネシア人、ヴェトナム人などあらゆる人種が性別に関係なく全く平等に活躍しているが、ただ軍歴の有無のみにより区別されている。すなわち、18歳の誕生日になった者ならだれでも就くことができる兵役を経験して参政権をあたえられた「市民」と、兵役につかなかったため参政権のない「一般人」である。なおこの区別は参政権といくつかの政府職への就職を制限するだけのもので、見た目には両者とも全く区別なく生活し、言論や表現の自由も保障されてはいる。
人類は銀河全体に殖民を始めているが、その先で遭遇した先住生物・惑星クレンダツウを本拠とするアレクニド(蜘蛛そっくりの昆虫型宇宙生物)と紛争中だった。そんな中、アレクニドは地球に対し小惑星を突入させる奇襲攻撃を行い、これによりブエノスアイレスが壊滅、全面戦争が始まった。
[編集] 議論
ハインラインは宇宙の戦士の中で、主人公の歴史哲学の教師であるジャン・V・デュボア機動歩兵退役中佐の言葉を通して、軍事に貢献することで市民としての権利をえられたかつての都市国家時代のギリシアやローマ帝国のような軍国主義的、戦争肯定的な発言を繰り返している。軍事教練という「力による教育」の強調や、敵意を持った勢力に対してはこちらの側も相応の力を有していてはじめて対等に対峙できる、というスタンスが多くの議論を読んだ問題作。安全保障論の観点からは、バランス・オブ・パワーの基本的な概念といわれる。また作中では「統制された暴力機構」としての軍隊と社会の規律と理想(暴力の行使が異常であることを軍人達が認識している)が語られており、単純な保守派のマチズモとも異なる思想であるが、表面に現れている軍隊万歳なイメージと共産主義やリベラル派に対する批判的な態度により、拒否反応を示す読者や論者も多かった。
人類と昆虫型生物の軋轢・昆虫型生物による奇襲攻撃・昆虫型生物の本拠に向けて星から星へ上陸作戦を進める展開は、太平洋戦争におけるアメリカ合衆国と大日本帝国との関係に非常に類似していると、一部から指摘された。ここで描かれる軍国主義の連邦はアメリカの似姿・理想の姿に、昆虫型の敵は人格を否定された日本と重なる、とする意見である。しかし肥え太った女王・頭脳グモと、考える力の無い兵隊・労働グモで構成されるアレクニドたちの社会は、むしろ作品執筆当時の西側から見た共産主義社会をイメージしたものであったといえる。また、教師デュボアが教える、連邦が軍国主義に変貌してゆく過程の歴史は、第一次世界大戦後ヴェルサイユ条約を押し付けられたドイツで、ナチスが混乱を収拾し政権をとってゆく様と酷似しているとも非難された。とはいえ、月は無慈悲な夜の女王をはじめとして、日本人も多くハインラインの小説に肯定的な役割を演ずるキャラクターとして登場しており、簡単に判断するのは難しい。
戦争否定派からは「三等兵小説に宇宙服を着せただけ」と批判された。同じSF作家であるハリイ・ハリスンは『宇宙の戦士』などのパロディである反戦小説『宇宙兵ブルース』を書く事で、『宇宙の戦士』の軍国主義的な思想に皮肉と笑いをもって真っ向から対立した。ハインラインは数々の問題作を書いたが、宇宙の戦士はその最初のものである。
なお、作者のハインラインは大学中退後すぐに軍隊に入隊(後に病気の為除隊)したり、執筆を休止して志願兵として参戦したりするなど、愛国主義的傾向が強い人物である。しかし後には『異星の客』のような共産主義的な小説を書いたり、『愛に時間を』で国の為に戦うのは馬鹿げているかのような発言をするなどした。本人の思想をそのまま語っているのではなく、その都度、世界観にあわせたキャラクターの発言ともとりうる。ただし、自由と独立についての強い愛着と信頼はだいたいにおいて一貫している。
[編集] 原書・翻訳
- Starship Troopers (ペーパーバック)
- New English Library ISBN 0-450-00573-9
- 宇宙の戦士(ハヤカワ文庫 SF230)
- 株式会社早川書房 矢野徹訳 1979年初版発行 ISBN 4-15-010230-9
[編集] 関連作品・他の作品への影響
[編集] パワードスーツ
作品中に登場する様々な小道具類やアイディアは、以降の作品に影響を与えた。特に、兵士が「着る」というパワードスーツ(強化防護服)のアイデアは、その後、多くのSF作品で類型の兵器を生む源流となり、特に'80年代から'90年代にかけて大流行した。
日本語訳であるハヤカワ文庫版の挿絵に登場するスタジオぬえの宮武一貴デザイン、加藤直之画によるパワードスーツのビジュアルは、多くの人がイメージする「パワードスーツ型兵器」の原型であろう(このパワードスーツ自体、現在でも人気が高く、アクションフィギュアやプラモデルが発売されている)。
軍用の人型兵器という発想は、『機動戦士ガンダム』をはじめとした日本のSFアニメ等にも大きな影響を与えている。
[編集] 小説
ハリイ・ハリスンの『宇宙兵ブルース』は『宇宙の戦士』などの軍事SF小説に対するシニカルな批判的パロディとして発表され、作中にベトナム戦争を思わせる惑星と機動歩兵も登場する。
また、パワードスーツ型兵器を用いた兵士による、異星人との戦いを描いた著名なSF作品として、ジョー・ホールドマンの『終りなき戦い』 (The Forever War)がある。ここでは「コンバット・シェル」と呼ばれるパワードスーツ型兵器が登場する。
日本では、1963年~1964年、小学館の少年雑誌「ボーイズライフ」に『宇宙の特攻兵』のタイトルで連載されたが、主人公が日系人であるなど翻案といえる内容だった。著者は後にハヤカワ版の翻訳も手がける矢野徹、挿絵は中西立太。当時高校生だった劇画家小林源文はその挿絵に感銘を受けて中西を訪ね、絵を学んだというエピソードがある。
[編集] 映像化
同作品は、1988年日本においてOVA化(宇宙の戦士 (アニメ))され、これは後にTV放映も行われた。アメリカにおいては1997年映画化(スターシップ・トゥルーパーズ)されている。
[編集] アニメ版・宇宙の戦士
サンライズが製作した日本製アニメ版。 「軍隊における青春物語」としての性質が強く、また原作における思想は全く語られず、翻案作品といえる。パワードスーツのデザインはハヤカワSF文庫版同様に宮武一貴であるが、リファインされている。
[編集] 映画版と派生作品
1997年、アメリカにおいて、ポール・バーホーベン監督によって実写映画化され、物議を醸した。タイトルは原作と同名で、日本におけるタイトルは『スターシップ・トゥルーパーズ』であった。
作中にはパワードスーツは登場せず、むしろ生身の兵士と、異星の昆虫型生物「バグズ(Bugs)」との(グロテスクな)暴力描写が強調され、原作小説における思想はあまり語られていない。登場人物、固有名詞などは共通しているが、ストーリーの展開もかなり異なり、「原作と題名は同じだが、別の作品」との評価が大勢を占める。劇中のプロパガンダ映像など一見軍隊万歳思想に見せつつ、同時に実に頭が悪そうに描写しており、皮肉のこもった作品なのであるが、これも原作同様無理解な批評が多い。
その映画版の世界観を受け継いで制作されたのが、テレビシリーズで放映された、フルコンピュータ・グラフィックス・アニメーション作品の『スターシップ・トゥルーパーズ・クロニクル』である。原作小説にない独自のキャラクターたちからなる小隊を主役に、その小隊が転戦していく連続ドラマとなっている。ここでは、メックと呼ばれる歩行兵器や、惑星軌道上から落下降下(着地前に逆噴射を行った後に、爆散除装する)を行うアーマードスーツが登場する。原作に登場したような標準的な歩兵装備としてのパワードスーツは登場しない。一方、敵である「バグズ」には、原作小説になかった様々な亜種が登場する。
実写テレビ映画『スターシップ・トゥルーパーズ2』も同様の世界観を踏まえたもので、人間に寄生する「パラサイト・バグ」など、原作小説にはなかった存在が登場する。
[編集] 関連項目
カテゴリ: アメリカ合衆国の小説 | SF小説