三岐鉄道200系電車
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[編集] 概要
1959年(昭和34年)、三重交通が当時運営していた湯ノ山線(当時の線名:湯の山線と改称されたのは近鉄になってから)の近代化を目指し、3両編成1本が製造された。前面は2枚窓の「湘南電車スタイル」で、3車体をつなげた連接台車方式を採用するとともに、当時の特殊狭軌線(762mm軌間鉄道)としては珍しく、垂直カルダン駆動方式(地元の神鋼電機考案)を採用した新性能電車であり、特殊狭軌線初の自動扉を採用するなどしたため、「ナローの女王」と称えられた。製造当初は、4400型の4401M1+4401T+4401M2号車と称した。
1964年(昭和39年)3月には三重線(後の湯ノ山、内部・八王子線)より北勢線に転属配置となった(湯ノ山線の改軌による)。
1965年(昭和40年)4月には、三重交通の鉄道部門が三重電気鉄道を経て近畿日本鉄道(近鉄)に移管され、4401M1⇒モ201、4401T⇒サ101、4401M2⇒モ202と車番が改番された。その後、垂直カルダン方式は保守に手間がかかる上に、性能・仕様的にも1本のみという存在であったことから、次第に運用上扱いにくい存在となり、1971年(昭和46年)には電装品を外されて付随車となり、モ201⇒サ201、サ101⇒サ101、モ202⇒サ202と改番の上、220型電動車(モニ220形)1両と組んだ4両編成で用いられるようになった。1977年(昭和52年)に270系電動車(モ270形)が登場すると、サ202号車に再び運転台機器が取り付けられ、サ202⇒ク202と改番、サ201号車に貫通路を取り付けの上、モ270形1両と組んだ4両編成で用いられるようになっている。
2003年(平成15年)に北勢線が近鉄から三岐鉄道へ移管されたため、同社の車両となった。同年に4両ワンマン化対応工事が施工され、運賃箱の設置、運転台背面仕切の改良が行われた。
- 202 - 101 - 201 - 276(電動車)
[編集] 関連項目
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