パイプ (タバコ)
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パイプは主にアメリカやヨーロッパ等で使われる喫煙用具。刻みタバコと香料を加えたものを詰めて吸う。起源はネイティヴ・アメリカンの喫煙方法からと思われる。
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[編集] 概要
この喫煙具は、おそらく喫煙方法の発生した初期から利用されていた方法で、このほか古くからのタバコの利用方法としては噛みタバコや嗅ぎタバコ(スナッフ・SNUFF)があるが、こちらは火を付けて煙を吸引する喫煙とは異なる。喫煙方法として16世紀以降にヨーロッパから世界各地に広まったため、世界各地で様々な様式の喫煙用パイプが利用されており、シガレット(紙巻き煙草)の普及する19世紀までは一般的であった。
一服あたりの喫煙時間は、葉の銘柄や詰め方にもよるが、平均的には30分から1時間で、人によっては2時間を越え、パイプスモーキング大会など喫煙時間を競う国際大会も存在する。
日本では煙管という少量ずつ喫煙する方法もあったが、西欧文明が急速に流入した明治・大正の頃に一部に見られたものの、一般では煙管の方が普及しており、第二次世界大戦以降には紙巻煙草が急速に普及した事から、極めて趣味性の高い、上品な吸い方と見なされていて、竹村健一に代表される評論家や執筆業といったインテリに人気のある喫煙方法ではある。
欧州では19世紀ごろまでは労働者等の大衆の喫煙方法とされており、上流階級は高価なケースに詰めた嗅ぎタバコや、加工に手間の掛かる(吸うときには簡単な)紙巻タバコを使用していた。日本のパイプ愛好家の中には、プロレタリアート文化に触発されてこれを好む者も見られる。1990年代以降のシガー(葉巻きタバコ)ブームに関連して、または近代ヨーロッパを扱う文学作品にも度々登場するなど、その趣味性の高さから、近年では再び愛好者層が増えている。2000年代より、これらパイプ用の喫煙具を扱う通販サイトも増加傾向が見られる。
[編集] デメリット・リスク
このように熱心な愛好者を持つパイプ喫煙だが、両切りタバコを除く紙巻き煙草と違ってアセテート繊維製のフィルターを備えていないパイプではヤニやタールなどが歯の裏など直接口腔内を汚す傾向もあったり、また器具を用いる事から手間が掛かるなど、好みの別れる喫煙方法である。勿論、喫煙に関する健康問題は避け得ないほか、癖の強い煙草も少なく無いため、同じ喫煙者どうしでも喫煙場所を選ぶ傾向は葉巻き同様である。
健康問題に関しては、吸い方が直接肺に入れない「ふかし」であるため、紙巻よりも癌になりにくいという風説もあるが、一概にそうとはいえず「副流煙を吸い込む、受動喫煙などによる肺癌・慢性閉塞性肺疾患等の肺病のリスク」や、口腔内には煙が接触することから「喉頭癌・咽頭癌・舌癌のリスク」は存在する。それらリスクの自身の疾病に対しては自己責任で、周囲への配慮は紙巻タバコ以上に持って頂きたいところである。特に慢性閉塞性肺疾患は喫煙者がよく罹患する疾病である。
[編集] パイプメーカー
日本でのマスプロ(大量)生産の喫煙パイプは国外輸入品を含め柘製作所が長年独占状態にあったが、近年では有田静生を始めとするパイプ作家が個性的な作品を発表している。なお柘植製作所のブライアパイプは安定した品質を保っており、国際的にもスタンダードパイプとしての地位を獲得、喫煙時間競技にも正式採用されているほか、職人による一点もの高級パイプも手掛けている。また、原木を少し加工したブライアを自ら加工して自分オリジナルのパイプを作る愛好家もいる。
その他の有名なパイプメーカーとして、各国に以下のような様々なメーカーが存在する。(以下は国名ABC順)
なおピーターソンの製品は後述する内部のジュース溜まりを克服した「ピーターソンシステム」や「ピーターソンリップ」と呼ばれる舌表面に濃厚な煙が留まらず舌が痺れない独特の構造を持つ。また全く違う方法だが、アメリカの「カーステン」もジュース溜まり対策をしたパイプを製作している。
[編集] 構造と種類
フィルタが存在せず煙路が長いため煙温も低く、紙巻きに比べタバコを味わうのに向いている。また、落ち着いて吸わないと途中で火が消えてしまうので喫煙という行為を、時間を掛けて楽しむ喫煙具と言える。パイプの手入れと平行して吸わなければ成らない点や、継続的な火の管理などで熟練を必要とし、一部好事家の中には「如何に長く同量の煙草を、所定のパイプで長く持たせるか」という競技も存在している。
パイプの材質には、王様と形容されるブライヤのほかに女王と称されるメシャム、素焼き陶器、瓢箪(キャラバッシュ)・コーンコブ'corncob'(玉蜀黍の芯)といった様々な物が存在している。多くの場合は使い込むほどに表面にヤニなどがにじみ出て、磨くことで光沢が出るなど、風格が増す。ブライヤやメシャムを素材としたパイプでは、使い込んで美しい模様が出たものが取引される中古市場もあるという。ただ、コーンパイプなどは半年~2年程度で寿命を迎え、また吸い切った後に十分乾燥させずに再度タバコを詰めて吸うなど扱いが悪いパイプは、湿り気が抜けずに火皿が割れるなど寿命が短くなる傾向がある。
パイプでも特にスタンダードなブライヤパイプはその外見の違いが多数あるのも特徴的で、項目冒頭写真で見られるような吸い口から一旦落ちて煙道が伸び火皿に至る「ベント」のほか、ストレートで扱い易い万人向けの「ビリアード」、ストレートながら火皿が丸っこい「アップル」、ベント型の煙道にそろばんの玉のような形の火皿を持つ「ローデシアン」、ストレートに近いがやや無骨で寸詰まりな「ブルドッグ」、優美に長い煙道を持つ「チャーチワーデン」など様々なタイプがある。
初心者がパイプ喫煙を始める場合、格好の良さから好まれるのは「ベント」であるが、煙道の掃除などメンテナンスの事を考えると「ビリアード」などのストレートタイプが最も楽である。またホームズシリーズ中には客の忘れたパイプから、その人の人相・風体を推理する描写もあるが、一般にパイプを選ぶ際には自身の体格に似たパイプを選ぶべきだとされている。たとえばずっしり猪首の者はブルドック、細身長身の者はビリヤード…などなど。ただ、喫煙用パイプは世に遍いているため、あまり約束事にばかり囚われず、いろいろ試すのも好事家の好むところである。また、パイプは長期間使用する為、ゆっくりとパイプ全体にヤニの琥珀色が滲み込む事でも知られ(早い:メシャム←クレイ(陶器)←オリーブ←キャラバッシュ←ブライヤ:遅い)、長年丁寧に使われたパイプは琥珀色の美しさを醸し出す。その過程も愛好家の楽しみの一つである。特にメシャムは美しいといわれる。
[編集] 扱い
葉の分量は概ね、紙巻きタバコ3~4本程度である。ただし紙巻きタバコと違って、吸った煙は飲み込まず、口腔内でふかすようにして喫煙する。このため、口腔粘膜からニコチンを摂取することになり、紙巻きタバコよりも効率良く、多くのニコチンを吸収することになる。結果として、パイプを1時間程度掛けて一服することにより、紙巻きタバコを10本程度はチェーンスモーキングする程の充足感が得られ、場合によっては非常に経済的な喫煙方法であるといえる。
パイプは紙巻タバコの様に唇に軽く咥えるのではなく、「リップ」と呼ばれる部分を上下の歯で噛んで喫煙する。パイプ喫煙をすると、葉が盛り上がったり、灰が燃焼を妨げたりするので「タンバー」という専用の道具で、軽く押し付けてやらなければならない。途中で吸うのを止めるとパイプの中の火は酸欠で勝手に消えてしまうため、時間を空けて後で再点火して吸うことも可能である。ただし、中で汁が出るほど葉が極端に湿っている時は、パイプが傷む原因になるのでパイプレスト(パイプ用のスタンド)に立てかけて、余熱で程好く乾燥させた方が良いとされる。
更に、煙道にヤニが溜まるので「モール」という専用の道具で定期的に清掃する必要がある。又、吸い続けていると「カーボン」と呼ばれる炭素の塊が「チャンバー(パイプの丸い煙草を入れる部分)」に、こびり付くので「リーマ」という専用の道具で適度に削ると長持ちする。
なお点火であるが、紙巻き煙草に比べると火が付き難く、臭気の強いオイルライターは向かない傾向がある。マッチでの点火は比較的用具が安価で入手しやすい。ガスライターは火皿に向けて火を噴出す専用のものが見られるが、一般的ガスライターよりやや高めである。なおターボガスライターは火皿が傷むので避けた方が無難である。
このほか、パイプとタバコの葉・その他用具を携帯するための専用のポーチがある一方で、葉が過度に乾燥しないよう「ジャー」と呼ばれる密閉容器も見られる。特にジャーはブレンドして香料を馴染ませる際の必需品であるが、密閉できるなら食品向けの広口瓶やタッパーでも代用出来ないものではない。
[編集] パイプ用の葉
パイプ煙草の場合、幾つもの葉をブレンドすることで銘柄毎の特徴があり、また加えられる香料によっても特徴が生まれ、愛好家に至っては自らブレンドを楽しんだり、ダビドフのような専門煙草メーカーにブレンドを依頼する場合がある。日本たばこをはじめ世界各地の煙草メーカーはブレンド原料用のパッケージも販売している。
パイプ用の葉のブレンドには、呼び方にやや揺らぎがあるものの、概ね英国風(イギリスタイプ)・欧州風(ヨーロピアンタイプ)・米国風(アメリカンタイプ)の3種類があるが、その各々にはそれぞれ特徴がある。
- 英国風
- 水分が多くて香料は使わないか極めて少なく、ただし葉の方は銘柄によって癖の強いラタキア葉やペリック葉を使うなど、タバコ本来の香りを重視している。
- 欧州風
- やや乾燥しており、癖の強い葉は余り使われないが、香料に工夫が見られ香りが特徴的な銘柄が多い。
- 米国風
- 乾燥しており香料も様々で、軽めの風味のものから強い風味のものまでバリエーションが広い。欧州風に比べると香料はそれほど強くない。
また使われている葉のブレンドも様々であるため、これらは様々な銘柄を試すしかない。なお原産国が英国ないし米国だからといって、必ずしもブレンドがその通りとは限らず、例えば比較的何処でも販売されている「キャプテンブラック」は米国原産だが、英国風のブレンドである。
このパイプタバコの葉は種類によって異なるが、やや「しっとりと湿っている」ものが主である。このためパイプ喫煙をしていると、「ジュース」と言われるタバコの中の水分や唾液が「チャンバー」下部に溜まる事があり、喫煙を非常に不愉快にさせる。
銘柄によってタバコ本来の葉の味から、お菓子のような甘い風味まで味わえる物まであり、その喫煙スタイルは他の喫煙方法には無い非常に幅広い選択肢を持つ。初めは道具を揃えるのに投資が必要となる(パイプ自体は千円程度から数十万円まである)が、良質なパイプ数本を揃えてローテーションさせる事で、一本のパイプは数年から数十年は使えるため、煙草代を含めてチェーンスモーカーが1日で一箱空けるよりは、かなり経済的かもしれない。また紙巻煙草のように吸殻が出ないことから、ゴミの少量化にも繋がる。
[編集] よく知られたパイプ喫煙愛好者
日本ではダグラス・マッカーサーがコーンパイプを愛用していたことがよく知られており、日本のGHQ統治下における彼の写真には特徴的な丈の高いコーンパイプを咥えた姿が数多く残されている。アルベルト・アインシュタインもパイプの愛好家として知られている。
架空の人物としてはシャーロック・ホームズがキャラバッシュのベント型パイプを咥えている図が有名だが、これは元々舞台俳優のウィリアム・ジレットや英国放送協会(BBC)制作のテレビドラマシリーズの影響によるもので、原作では特にパイプの種類に関する言明は無く、「黒い古ぼけたパイプ」などの記述もあるものの、紙巻き煙草も賞賛しながら「お替り」するなど、別にパイプに拘っている訳ではない描写も登場する。なおジレットは、長丁場の台詞回しの間、ベント型で軽いキャラバッシュが咥え続け易いとして選んだという。
『ホビットの冒険』や『指輪物語』ではホビットやガンダルフなど主要登場人物にパイプ煙草を吹かす描写がしばしば登場しており、この中では陶器製パイプと思われる「割れていなければ」などとする表現も見られる。ちなみに物語では度々このパイプ喫煙が登場、ストーリーの伏線に用いられたりもしている。なお映画『ロード・オブ・ザ・リング』では、作中のパイプとして陶器製パイプが描かれた。