シラミ
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シラミ目/裸尾目 | ||||||||||
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![]() ケジラミ |
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分類 | ||||||||||
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シラミ(虱、蝨)は、シラミ目に属する寄生昆虫の総称。シラミがハジラミと違う点は血液や組織液を吸うことで、口器は3本の鋭い吻針となり、それを宿主の皮膚に突き刺して咽頭にあるポンプで吸血する。使用しないときは口器は頭の中にひきこまれる。
シラミの語源については、白虫の転訛であるという節が有力である。古名はまたキササ、その字体(虱)から半風子(はんぷうし)とも呼ばれる。さらにその形から千手観音という異称もあったことが横井也有の『百虫譜』などにも見え、第二次世界大戦後の大発生期には隠語風にホワイトチイチイと呼ばれた。
これ以外の生物でも、他物に張り付く姿が印象的なものにシラミの名を付ける例がいくつかある(ウオジラミ・クジラジラミ・ヤブジラミなど)。
目次 |
[編集] 形態
外形はハジラミに似るが頭部は小さく口器は著しく変形し、舌針、唾腺舌、下唇針から構成され管状となる。触角は5節からなるが、まれには3節のものもある。眼はヒトジラミなどを除き欠如し、あるとしても1対の単純なレンズか受光斑となる。胸部の3節はつねに癒合し、翅はない。脚は毛をつかむのに適するよう変形し、転節は1節となる。その先端には1本の爪がある。産卵管は退化し、2つの弁となっている。
[編集] 生態
不完全変態で卵→若虫→成虫となる。卵は産卵管の基底部より出される膠 様の物質で卵の一端が包みこまれ、宿主の毛に膠着する。若虫は卵の遊離末端の卵蓋から孵化するが、成虫と形がよく似ており、孵化直後より吸血する。若虫は3齢を経て成虫となる。シラミの寿命はよくわかっていないが、ヒトジラミではふつう約1ヵ月である。
[編集] 宿主特異性
シラミは生理的にも形態学的にも特定の哺乳類にきわめてよく適応しているので、宿主範囲は限定される。これは系統の離れた宿主にしばしば容易に移行することが知られているノミと非常に対照的である。ある1種のシラミは特定の1種、あるいは同属の数種の宿主に限って寄生する。つねに定まった宿主の血液によってのみ生命を維持することができる。またシラミの属はそれぞれ、哺乳類の特定の科またはそれに近縁の科と寄生関係をもつので、宿主とシラミは平行進化したと考えられる。ふつう1種の宿主に1種のシラミが寄生する。ヒト、ウシ、そして少数の齧歯類は2種のシラミの寄生をうけるが、これは例外的である。シラミは単孔類、有袋類、コウモリ、ゾウ、クジラには寄生しない。
[編集] 系統と分類
約300種知られ、多くの未知種があると信じられている。ハジラミより分化したと考えられるが、化石上の証拠はない。哺乳類の外部寄生虫で被毛の中で生活するが、鳥類からはまったく知られていない。
[編集] ノミとシラミ
ノミとシラミはともに人間に寄生して吸血し、かゆみを与えるために、よく対にして扱われる。しかし、ノミは蛹を経る完全変態の昆虫のうち、比較的原始的なシリアゲムシ目に近い系統の昆虫から哺乳類寄生性を発達させた系統であると考えられている。それに対して、シラミは蛹を経ない不完全変態の昆虫のうち、カメムシ目に近縁なチャタテムシ目の系統の内部から分化した系統であると見られており、系統的には大いに異なる。
また、ノミの幼虫が部屋のすみの埃の中などで育つのに対して、シラミは終生を宿主上で暮らす。そのため、入浴や着替えが頻繁に行われれば、シラミは暮らせなくなるが、ノミは必ずしもそうはならず、生息を続ける。それで「シラミは貧乏人に、ノミは金持ちにつく」といわれる。
また、シラミは動きが鈍く、じっと皮膚や衣服にとどまり、そのからだが柔らかで白っぽいことから、やや気味悪さを感じさせるのに対し、ノミは活発ではね回り、色も褐色で体も硬く、やや陽性な感じを与える。ノミはユーモアの種に使われることも多いが、シラミがそのように使われることが少ない。
さらに、しばしば宿主を離脱する種もあるノミには飢餓耐性が強い種が多いが、生涯を宿主体表で過ごすシラミは通常飢餓耐性を欠く。
[編集] 人間とのかかわり
人間につくシラミには二種ある。一つはヒトジラミで、アタマジラミ(Pediculus humanus humanus)とコロモジラミ(Pediculus humanus corporis)の二亜種がある。もう一つはケジラミ(Pthirus pubis)である。DNAの違いから、およそ7万年前にコロモジラミがアタマジラミから分かれたと推定されている。このことは人類がその少し前の時代から衣服をまとうようになったとする説の根拠の一つに挙げられている。
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[編集] シラミ症
シラミは宿主特異性が高く、人間につくシラミは常に人間に寄生し定着して生息している。ヒトがシラミに寄生された状態はシラミ症と呼ばれる。後述するようなシラミ媒介性感染症の場合を除き、シラミ症が生命に関わることはないが、シラミの吸血は激しいかゆみを引き起こすため、駆除による治療が必要になる。
シラミの種類によって寄生する部位が異なり、アタマジラミは頭髪、コロモジラミは衣服、ケジラミは陰毛部をそれぞれ主な生息場所としており、それぞれそこで繁殖して数を増やす。卵や幼虫のうちは気付かないことが多いが、成虫が増殖すると吸血する際に激しいかゆみを生じるようになる。このかゆみは、シラミが吸血する際に注入する唾液分泌物と、アレルギーによるものの、二つの作用によって引き起こされると考えられている。また、このかゆみによって皮膚を掻きむしることで、細菌感染症などの原因になることもある。
シラミはそれを保有しているヒトや衣服と接触することによって感染することが多いが、ごくまれに風呂などを介して感染することもある(ただし通常、アタマジラミやケジラミは水中では体毛にしがみつくため水を介した感染は起こりにくい)。一般に衛生環境のよくないところで大量発生することが多く、先進諸国ではDDTなどの殺虫剤の使用によってその発生は激減した。しかし発展途上国においては依然多数の患者が存在しており、また先進諸国においても安全性の問題から殺虫剤の使用が規制されて以降、(特に長髪の)学童でのアタマジラミの流行や、路上生活者におけるコロモジラミの流行、また不特定多数との性行為によるケジラミの流行などが問題になっている。
診断はもちろんシラミ個体の寄生を確認することが第一ではあるが、少数個体の寄生では確実に成虫や幼虫の寄生を視認することが困難であることが多い。特にアタマジラミやコロモジラミはすばやく動くので慣れないと見失うことがある。アタマジラミやケジラミは卵を体毛に膠着させるため、これを確認すれば、シラミの寄生を確定できる。体毛に膠着したシラミ卵は昆虫の卵形態を見慣れた者にとっては顕微鏡、双眼実体顕微鏡、ルーペなどで拡大して観察すれば容易に同定できる。しかし、ヒトの体毛にはしばしば毛穴内壁の角質が更新剥離したもの(ヘアキャスト)が、筒状に付着している。昆虫の観察経験に乏しい多くの医療関係者にとって、しばしばヘアキャストとシラミ卵の区別は困難である。
この場合、ニンヒドリン試薬を用いるとシラミ卵の同定は容易となる。ニンヒドリン試薬はアミノ酸やペプチドと反応して紫色に発色する染色剤であり、これにシラミ卵らしき物体が付着した体毛を浸漬し、しばらく放置した後に観察すると、ヘアキャストは濃く染色されているのに対し、シラミ卵は染色されず白いままである。
治療には、シラミの成虫から卵にいたるまで完全に駆除することが重要である。コロモジラミについては衣服を熱湯消毒することで効果的な治療が可能である。アタマジラミやケジラミは物理的に取り除くことが可能であるが、洗髪では完全に除くことが出来ないため、ピレスロイド系の殺虫剤を含むシャンプーが使用されることもある。またアタマジラミやケジラミは体毛に付着して生息するため、頭髪や陰毛を剃り落として除去することもある。
[編集] 病気の媒介
ヒトから吸血する3種類のシラミのうち、コロモジラミは吸血してかゆみを起こさせるばかりでなく、病原性細菌のベクターとして重大な伝染病を媒介することがある。コロモジラミによって媒介される伝染病としては、発疹チフス、回帰熱(シラミ媒介性回帰熱)、塹壕熱の3種類が知られている。またアタマジラミもごくまれに発疹チフスを媒介することがある。
発疹チフスの病原体は発疹チフスリケッチア(Rickettsia prowazekii)で、コロモジラミの消化管内で増え、糞に混じって排泄される。コロモジラミは吸血した直後に排泄することが多く、また発疹チフスリケッチアに感染したシラミは感染後2週間で死亡する。吸血した後を掻いた際、糞やシラミの死骸などに混じった発疹チフスリケッチアが、その刺し口から侵入して感染し、発疹チフスを引き起こす。また人が密集したところでは、糞や死骸に混じったリケッチアを吸い込むことによって経気道感染することもある。
人が大集団で狭いところに住み、不潔な状態になると、シラミは大発生しやすい。そのため、欧米において過去に戦争熱、飢饉熱、船舶熱、刑務所熱などと呼ばれたものの多くはたいてい発疹チフスである。戦争はシラミの好む条件を満たしやすく、発疹チフスが戦局を支配し、歴史の転換の契機になることもあった。例えばナポレオン1世がロシア遠征でヨーロッパ最大級の60万の大軍の大半を失い敗退したのも、フランス軍の中で発疹チフスが大流行したからであったといわれている。
回帰熱はダニやシラミによって媒介されるスピロヘータによる感染症であるが、その一種である回帰熱ボレリア(Borrelia recurrentis)がコロモジラミによって媒介される。その媒介様式は詳しく判っていないが、このボレリアを保有しているヒトから吸血したシラミが、別のヒトから吸血した場合にのみヒトに感染すると言われている。
第一次世界大戦中に流行した塹壕熱はバルトネラ・クインターナ(Bartonella quintana)による疾患であり、これもコロモジラミによって媒介される。
[編集] 民俗
シラミにまつわる話は古くから見られ、『古事記』にはスサノオノミコトが大穴牟遅神に八田間の大室で頭のシラミ取りをさせた話があり、昔話の継子譚の中にも、継子が山中で会った老婆のシラミをとってやって福を授けられたと語られるものがある。『古今著聞集』の一話や、曲亭馬琴の『花春虱道行』『花見話虱盛衰記』などにもシラミは登場する。俳句、川柳にもシラミを扱った作品は数多い。
またシラミが病人から離れるとその死が近いとか、シラミが多くたかったりその夢を見ると金持ちになるなどともいい、シラミの動作を見て何かの前兆とみなす風習もある。シラミは繁殖力が旺盛で、その駆除法は俗信も含めて種々の工夫がなされてきた。
[編集] 関連項目
- トコジラミ(別名、南京虫。カメムシ目。)