エスパルスドリームフェリー
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株式会社エスパルスドリームフェリー(S-Pulse Dream Ferry)とは、静岡県静岡市清水区にある旅客船運航会社である。鈴与グループの企業であり、カーフェリー運航の他、清水港周辺で観光船事業・水上バス運航事業および運航受託事業を営んでいる。
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[編集] 会社概要(沿革等)
[編集] 沿革
- 1953年(昭和28年) 静岡観光汽船株式会社として創業。
- 1996年(平成8年) オーシャンプリンセス号・清水港クルーズに就航。
- 1998年(平成10年) 西伊豆フェリー『駿河』就航。それまでの90分が55分に短縮される。
- 2002年(平成14年) カーフェリーの運航区間を、田子の浦-土肥から清水-土肥へ変更。名称を駿河湾フェリーとする。
- 2003年(平成15年) 静岡観光汽船より営業承継。社名もエスパルスドリームフェリーとなる。
- 2005年(平成17年) 駿河湾フェリー『富士』就航・ダイヤ改正により最大8往復となる。
[編集] 資本金
- 4億5千万円
[編集] 保有船数
- 7隻(フェリー2、遊覧船2、水上バス3)
[編集] 駿河湾フェリー
- 静岡市の清水港と伊豆市の土肥港を1時間5分で結ぶカーフェリー。
- 一日あたり、7~8往復運航する。
- 伊豆半島は渋滞しやすいので、船でのアクセスは快適であり、天気がよければ駿河湾上から雄大な富士山を眺めることができる。
- 2002年3月31日までは西伊豆フェリーとして、富士市の田子の浦港と土肥港を55分で結んでいたが業績不振だったため航路を変更し、4月13日から清水港と土肥港を結ぶようになった。
- 田子の浦港⇔土肥港航路は当初、駿河湾カーフェリー株式会社が『あまぎ』(約490t)と『しらいと』(同)の2隻で運行されていたが、駿河湾カーフェリーは廃業し静岡観光汽船(現:エスパルスドリームフェリー)に譲渡された。
[編集] 使用機材
船名 | 駿河 | 富士 |
---|---|---|
建造 | 三浦造船所 | 熊本ドック |
進水年月 | 1998年2月 | 2005年6月 |
就航 | 1998年4月(田子の浦⇔土肥間) | 2005年7月15日 |
全長 | 83.00m | ← |
幅(型) | 14.00m | ← |
喫水 | 3.80m | ← |
総トン数 | 1,533t | 1,554t |
連続最大出力 | 3,500PS×2 | ← |
航海速力 | 18.5ノット | ← |
特別室 | 92席 | 100席 |
一般室 | 250席 | 342席 |
最大搭載旅客 | 518名(水平区域) | 522名(水平区域) |
最大積載車両 | 大型バス14台+乗用車5台 または、乗用車58台 |
大型バス13台+乗用車4台 または、乗用車54台 |
備考 | 2004年改造 2005年1月に一部デザイン変更 |
フィンスタビライザー装備 畳席あり |
[編集] 清水港クルーズ
- 日本三大美港のひとつである清水港内を船で周遊する。
- 清水港クルーズは、風景を楽しむ遊覧船としての一面のほか、船上バーベキューで海の幸を味わうレストラン船・ウェディングクルーズ船としての一面がある。
- 清水港クルーズには下記の船が使用されている。
- ベイプロムナード号 - 双胴型の遊覧船であり、レストラン船。最大旅客定員は350名。
- オーシャンプリンセス号
- 1974年にジョンソン・ジョンソン経営者の実兄、シェワード=ジョンソン氏が自己所有船としてデザインし、ポーランドにて建造された帆船。ジョンソン氏所有時代にはJFケネディー一族やエリザベステーラー等の多数の著名人が乗船したことがある。1980年にマルチノス一族(ギリシャの海運王)の手を経た後、エスパルスドリームフェリー(旧社名:静岡観光汽船)の所有となる。1996年(平成8年)より清水港クルーズの運用に就く。一流シェフの料理と伝統を感じさせる木造のキャビンで快適な駿河湾クルーズを楽しむことができる。
[編集] 水上バス
清水港と三保との間では約90年もの間渡し舟が運航されている。エスパルスドリームフェリーではJR清水駅に近い江尻・日の出埠頭と三保の塚間、貝島との間にて水上バスを運航している。また、水上バスは静岡市清水港海釣り公園へのアクセス路線でもある。
[編集] 運航受託
かつて静岡県の防災船希望のカーフェリー運航(清水港⇔下田港)を受託していたが、2005年9月に休航、希望の用途廃止決定に伴い運航受託の終了が確定した。
[編集] 関連項目
- 鈴与 - グループ会社
- 清水エスパルス - 鈴与はエスパルスのスポンサーである。
- エスパルスドリームプラザ