ウォルター・R・ランバス
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ウォルター・R・ランバス(1854年 - 1921年)は、宣教師、医師、教育者。J・W・ランバスの息子として、中国上海に生まれる。
エモリー・ヘンリー大学を経て、ヴァンダビルト大学で神学と医学を修める。南メソヂスト監督教会のジャパン・ミッションとして、父とともに1886年(明治22年)に上海経由で来日。
1986年に南美以神戸教会(現在の日本基督教団神戸栄光教会)初代牧師に、1987年に広島美以教会(現在の日本基督教団広島流川教会)初代牧師に就任。その頃、父J・W・ランバスは神戸に、ウォルター・R・ランバスは広島に居住。ともに瀬戸内海沿岸の広域伝道に着手。伝道はミッションスクールの設立と軌を一にしており、神戸外国人居留地四十七番館の自宅で、夜間英語学校(後のパルモア学院)を開設。1889年(明治19年)に、神戸市郊外の原田村、いわゆる「原田の森」(現在の神戸市灘区王子町)にWest Japan College、すなわち関西学院大学を創立し、初代院長となる。1891年(明治24年)に離日し帰国の途につく。
1910年(明治43年)に最高職の監督 (bishop) に就任、以後ブラジル、アフリカ大陸、ロシア・シベリア、中国の伝道にたずさわる。1921年(大正10年)に、軽井沢で宣教師会開催のため再来日するが、発病により、入院先の横浜にて死去。神戸市立外国人墓地に葬られた。
テネシー州ジャクソンに所在するランバス大学は、ウォルター・R・ランバスの名誉を称えて改名されたものである。
[編集] 関連項目
- w:Emory and Henry College エモリー・ヘンリー大学
- w:Vanderbilt University ヴァンダビルト大学
- w:Methodist Episcopal Church, South 南メソヂスト監督教会
- w:Lambuth University ランバス大学