国鉄EH10形電気機関車
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
国鉄EH10形電気機関車(こくてつEH10がたでんききかんしゃ)は、1954年に登場した日本国有鉄道(国鉄)の直流電気機関車である。
1957年までに64両が製作され、東海道本線・山陽本線の貨物列車牽引用に使用された。国鉄が製作した唯一の8動軸機であり、国鉄史上最大級の電気機関車である。俗称は「マンモス」。
製造メーカーは川崎車輌、日立製作所、東芝、新三菱重工業(電装品は三菱電機)の4社である。
目次 |
[編集] 登場の背景
1940年代-1950年代の東海道本線では貨物輸送需要も大きく、最大1200tの重量級貨物列車が大型蒸気機関車の牽引で運行されていた。
輸送能力の逼迫と石炭供給難を背景に1951年に再開された東海道本線電化工事は急速に進展し、1953年には浜松-名古屋間電化が完成した(同年中に名古屋-稲沢間を延伸)。この時点で名古屋-米原間の電化は目前となっており、更には京都までの電化による東海道本線全線電化完成も視野に入りつつあった(米原電化は1955年、東海道全線電化は1956年に完成)。
しかし、この間の大垣-関ヶ原間は、6kmに及ぶ連続10‰の勾配が延々と続き、ことに機関車牽引の重量級貨物列車にとっての難所であった。1953年当時、最新鋭の貨物用電気機関車であったEF15形をもってしても、この区間での1200t列車牽引を想定した場合、出力不足により主電動機の過熱が懸念される状況であった。これでは十分な速力を得られず、並行して運行される旅客列車のダイヤ設定にも支障が生じることが予測された。電化のみでは、関ヶ原の隘路の解消は叶わなかったのである。
そこでEF15形を凌駕する性能の大型機関車を開発し、これによって関ヶ原越えの問題を克服することになった。この新型機関車EH10形は、EF15形(6軸・主電動機6個)とほぼ同性能の主電動機を8個使用する、日本では前代未聞の8動軸式大型機関車となった。
[編集] 構成
動軸を8軸としたことで、全長22.5mに及ぶ長大な車体は2分割され、箱形の2車体を永久連結する特異な構造となった。2車体間は永久連結器で結合され、金属製の特殊な貫通幌と、高圧引き通し線が通されている。従来の貨物用電気機関車で標準的であった前頭部のデッキは廃され、非貫通構造となった。
[編集] 基本構造
従来の国鉄電気機関車は、鋼板部材の組み立てないし一体鋳鋼によって構成された「台車枠」を全ての基礎としていた。台車枠の両端には先輪が結合され、走行時の牽引力は台車枠の端に装備された連結器から、直接客貨車に伝えられた。車体は自らの強度を保つ機能しかなく、機器類を覆って台車枠の上に載っているだけの存在だった。
EH10形では、この伝統的な構造から完全に脱却し、電車同様の鋳鋼製2軸ボギー台車を装備した。牽引力は台車から車体の台枠を経て連結器に伝えられるようになった。在来型の大型電気機関車では曲線のスムーズな通過のために先輪が必須とされていたが、ボギー台車を装備したEH10形は先輪を要さなかった。
台車枠を基礎とする構造と先輪の両方を廃したことから、出力の向上に比して大幅な軽量化が図られた。運転整備重量は118.4tとなり、一方の最大軸重は14.8tとなっている。在来型機関車と違って先輪がないため全軸駆動となり、重量の全てを粘着力確保に生かせるようになって、牽引力が向上した。これだけ軸重が重くなると、ローカル線への転用は不可能である。逆に言えば、東海道本線での運用のみを念頭に置いた機関車であったからこそ、思い切った設計手法を用いることが出来たともいえる。
[編集] 電装機器
主電動機は、EF15形とほぼ同等のMT43形を8基搭載し、定格出力2530kWを発生する。これはEF60形の後期形車が定格出力2550kwを達成するまで、日本国内の電気機関車としては最大の出力であった。
制御システムは手動加速式の単位スイッチ制御方式である。従来のEF15形から大きな差はなく、平凡だが信頼性を重視した手法である。車体や台車は近代化される一方、モーターや制御装置は在来車同様な堅実路線を採っていた訳である。このような経緯からEH10形は、EF15形以前の旧性能機とED60形以降の新性能機の間における、過渡的な形式と位置づけられる。
EF15形に比して30%以上出力向上したことから、1200t列車を牽引しての関ヶ原越えに耐える性能を得ただけでなく、平坦区間での走行性能にも余裕が生じ、貨物列車のスピードアップに貢献している。
[編集] 車体デザイン
車体デザインは、民間工業デザイナーの萩原政男が手がけた。国鉄車両としてはいち早く、スタイリングを外部のデザイナーに委託したことは特筆される。前面形態は角張っているが、窓部分が凹んでおり、中央で二分割されている。2枚窓は同時期の国鉄80系電車、また前面窓部を凹ませる手法は国鉄72系電車との近縁性を強く伺わせるものである。塗装は巷間「熊ん蜂」とあだ名された黒色に黄色の細帯を入れたいささか物々しいもので(ただし後述の15号機の高速試験機時代は地色が茶色)、それ以前の電気機関車における茶色塗装に比し、より力強い印象を与えた。これも萩原の発案によるものである。
なお国鉄の電気機関車として初めて、前面下部にスカートを装着している。やはり萩原の発案である。
[編集] 試作機
EH10形1~4号機が試作機に当たる。外観上の特徴として集電装置(パンタグラフ)が中央寄りにある点が挙げられる。パンタグラフ2基は、パンタグラフ間の引き通し線の重量を削減するため、車体中央寄りに設置され、2つの車体の連結面側に設置された。
その試験結果を基にEH10形5~64号機が作られたが、パンタグラフ位置は編成両端近くに離された。理由は、パンタグラフ複数の位置が近すぎると、高速走行中に共振を起こすなどして、架線に悪影響を与えるためである。
[編集] 量産機
細部の設計が変更され、車体も200mm長くなり運転室も広くなった。パンタグラフ位置で試作車と区別できる。
[編集] 高速試験機
1955年12月にEH10形15号機を用いて、高速旅客列車の牽引試験が行われた。機関車は茶色に塗られた。製作の際に、歯車比を高速寄り(17:77=1:4.53)に変更した。高速旅客列車試験では最高で120km/hを達成し、また定期旅客列車の牽引にも試験的に充当されて好成績を得た。
この実績により、優等旅客列車牽引用の8軸機「EH50形」製作計画も浮上したが、その後の国鉄は、昼行優等列車については151系などの高速な電車を開発・充当する方針へと転換したため、旅客用形式は作られることなく、15号機も貨物用仕様に再改造された。
[編集] その後
当初は東海道本線の高速貨物用として使われ、1959年から東海道本線で運行開始されたコンテナ特急貨物列車「たから号」の牽引にも充当された。しかし1960年以降、EF60形に始まる新世代の6軸電気機関車増備に伴い、一般貨物用に転用された。その後も東海道・山陽本線(岡山以東)、宇野線のみに限定されるかたちで地味な運用に徹した。
山陽本線岡山以西では、瀬野八越えの際、EF59形やEF61形200番台と出力の均衡が困難であることから、入線しなかった。
1975年(昭和50年)以降、老朽化が進行し、大型機で他線区への転用が困難な事により、急速に数を減らしていった。運用末期のEH10の中にはオリジナルのパンタグラフであるPS15形の部品不足により、下枠交差式のPS22Bを装備した例もあった。
1981年までに全てのEH10形が廃車された。
[編集] 主要諸元
- 全長:試作形 22300mm 量産形 22500mm
- 全幅:2800mm
- 全高:3960mm
- 軸配置:(Bo-Bo)+(Bo-Bo)
- 1時間定格出力:2530kW
- 1時間定格引張力:18720㎏ 高速試験機 18500㎏
- 主電動機 MT43×8 高速試験機 SE174×8
- 動力伝達装置 1段歯車減速,ツリカケ式
- 歯車比 (21:77=1:3.67) 高速試験機 (17:77=1:4.53)
- 制御方式 非重連,3段組合,弱界磁制御
- 制御装置 電磁空気単位スイッチ式
- 制御回路電圧 100V
- ブレーキ装置 EL14AAS 空気ブレーキ,手ブレーキ
- 台車形式 DT101
[編集] 保存機
[編集] 鉄道模型
KATO、マイクロエースから商品化されている。KATOは8軸駆動を再現しているが、マイクロエースは動力車とダミー(付随車)の構成となっている。
[編集] 参考文献
- 澤野周一「EH10型電気機関車回想」
- 交友社『鉄道ファン』1998年7月号 No.447 p112~p119
日本国有鉄道の電気機関車 |
---|
直流用旧形機関車 |
EB10/AB10・ED10・ED11・ED12・ED13・ED14・ED15・ED16・ED17・ED18・ED19・ED23・ED24 ED50・ED51・ED52・ED53・ED54・ED55(計画のみ)・ED56・ED57 EF10・EF11・EF12・EF13・EF14・EF15・EF16・EF18・EF50・EF51・EF52・EF53・EF54・EF55・EF56・EF57・EF58・EF59・EH10 |
アプト式機関車 |
EC40・ED40・ED41・ED42 |
私鉄買収機関車 |
ED20・ED21・ED22・ED25・ED26・ED27・ED28・ED29・ED30/ED25II・ED31・ED32・ED33/ED26II・ED34/ED27II・ED35/ED28II ED36・ED37/ED29II・ED38/ケED10/デキ1(旧宇部)・ロコ1(旧富山地鉄)・デキ501(旧三信)・ロコ1100(旧南海) |
直流用新性能機関車 |
ED60・ED61・ED62・EF60・EF61・EF62・EF63・EF64・EF65・EF66・EF67・EF90 |
交流用機関車 |
ED44・ED45・ED70・ED71・ED72・ED73・ED74・ED75・ED76・ED77・ED78・ED79・ED90・ED91・ED93・ED94・EF70・EF71 |
交流直流両用機関車 |
ED30・ED46/ED92・EF30・EF80・EF81 |
開発史 |
日本の電気機関車史 |
カテゴリ: 鉄道車両 | 日本国有鉄道 | 鉄道関連のスタブ項目