京丹後市
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京丹後市(きょうたんごし)は京都府の市。 京都府中郡峰山町、大宮町、竹野郡網野町、 丹後町、弥栄町、熊野郡久美浜町が2004年4月1日に市制施行により合併して誕生した。市制により、中郡、竹野郡、熊野郡は消滅した。発足時の人口は約6万7000人で市役所は旧峰山町にある。市域を北近畿タンゴ鉄道宮津線が走っているが、市名「京丹後」が付けられた駅名は無く、存在するのは各旧町名の駅名である。
- 旧・峰山町
- 京都府の北部、丹後半島の付け根に位置し、『天女の羽衣伝説』で知られる町。
- 旧・大宮町
- 京都府の北部、小野小町の伝説で有名。
- 旧・網野町
- 京都府の北部、日本海に面し、鳴き砂の浜である琴引浜などの海水浴場と、丹後ちりめんの生産で知られる。
- 旧・久美浜町
- 京都府の北部、兵庫県との県境に位置し、日本海に面した町で町内では温泉も湧いている。
- 旧・丹後町
- 近畿地方最北端の「経ヶ岬」とそこに立つ灯台があり、日本でも有数の難読地名「間人(たいざ)」がある。間人ガニで有名。
- 旧・弥栄町
- 丹後半島のほぼ中央に位置し、細川忠興の妻・ガラシャ幽閉の地。京丹後市内最大の京丹後市立弥栄病院(旧:弥栄町国民健康保険病院)がある。
目次 |
[編集] 歴史
日本海に面する市域一帯には旧・峰山町扇谷遺跡、途中ケ岡遺跡、旧弥栄町奈具遺跡など弥生時代の大遺跡があり、日本海側における文化の一大中心地であったと見られる。古墳時代の4世紀中頃には旧・網野町に日本海側最大の前方後円墳である網野銚子山古墳(全長198メートル)、旧・丹後町に神明山古墳(全長190メートル)が築かれた。当時は独自の王国があったとの説もある(→丹後王国を参照)。
旧・峰山町丹波は8世紀始めには丹波国丹波郡丹波里といわれたところで、丹波国の中心地であったと見られる。その後、713年に丹後国が分置され、丹後国となった。
主要な延喜式内社としては多久神社(旧・峰山町丹波)、大宮売神社(旧・大宮町周枳)、竹野神社(旧・丹後町宮)、奈具神社(旧・弥栄町舟木)、網野神社(旧・網野町網野)などが鎮座する。
江戸時代には峰山地区に峰山藩が設立される。また、久美浜地区には久美浜代官所が置かれ、山陰地方天領の統轄を行っている。
江戸時代中期には京都の西陣織を参考にした丹後織が生まれ、以後丹後ちりめんなどがこの地の名産となり現在にいたっている。
- 2004年(平成16年)
- 4月1日、市制施行。
[編集] 地域
近畿地方・京都府北部・丹後
[編集] 交通
[編集] 鉄道
- 中心となる駅:峰山駅
[編集] バス
旧久美浜町で、全但バス(本社・兵庫県・養父市八鹿町)が担当する以外は、丹後海陸交通(丹海バス・本社・京都府与謝野町)が担当している。
[編集] 道路
[編集] 一般国道
[編集] 医療機関
- 京丹後市立弥栄病院
- 京丹後市立久美浜病院
[編集] 教育
- 京都府立峰山高等学校
- 弥栄分校
- 京都府立網野高等学校
- 間人分校
- 京都府立久美浜高等学校
[編集] 出身有名人
- 野村克也(元プロ野球監督・旧竹野郡網野町)
- 太川陽介(タレント・旧中郡大宮町)
- 中邑真輔(新日本プロレス・旧中郡峰山町)
- 浜田翔子(タレント・旧熊野郡久美浜町)
- 成知由梨(タレント・旧竹野郡丹後町)
- 壇れい(女優・旧中郡)
- 小池隆夫(JRA騎手・旧中郡峰山町)
- 岡本真也(現プロ野球選手(中日ドラゴンズ)・旧竹野郡網野町)
- 井上緑峰(日本画家)
[編集] 名所・旧跡
- 琴引浜
- 木津温泉
- 夕日ヶ浦温泉
- 久美の浜温泉
- 久美浜シーサイド温泉
- 経ヶ岬
- 京都府農業公園丹後あじわいの郷ゆーらぴあ
- スイス村
[編集] その他
- 郵便番号は、以下の通りである。2006年9月19日に変更。
- 峰山郵便局:627-00xx、627-85xx、627-86xx、627-87xx、629-25xx、627-01xx
- 丹後郵便局:627-02xx
- 網野郵便局:629-31xx
- 丹後木津郵便局:629-32xx
- 久美浜郵便局:629-34xx
- 野中郵便局:629-35xx
[編集] 外部リンク
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