蛇行動
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蛇行動(だこうどう)は鉄道車両における共振現象の一つである。主として直線部を高速で走行するときに、車体や台車、車軸などが鉛直軸まわりの回転振動(ヨーイング)を起こす現象であり、軌道や台車・車体に損傷を与える。影響が大きい場合は脱線事故を引き起こすこともあり、とりわけ高速化にあたっては本現象への対策が重要である。 また、本稿では蛇行動を抑制するヨーダンパ等の機構についても解説する。
目次 |
[編集] 発生の機構
[編集] 1輪軸の幾何学的蛇行動
鉄道車両の車輪は円筒形ではなく円錐形となっており、フランジ側(内側)の直径は大きく、外側の直径は小さくなっている。この差を踏面勾配と呼び、車軸がレールの片側に寄った場合に定位置に戻す復元力を与えるほか、線路に対し適切なスラックを与えることにより曲線通過を円滑化する働きを有している。これは左右の車輪が直結されている鉄道車両の輪軸において自己操舵機能を与えるものであり、必要不可欠な構造である。
ところが、踏面勾配による自己操舵機能は、輪軸に左右動を引き起こす原因ともなる。すなわち、輪軸がどちらかのレールに偏った場合、それを戻そうとする復元力の働きにより、所定の位置を超えて反対側のレールに偏り、さらにまた逆向きの復元力が作用するといった繰り返し運動が発生することとなる。これを1輪軸の幾何学的蛇行動と呼び、波長Lは以下の式により表すことができる。
ここに、
- L - 蛇行動の波長
- e - 左右車輪間隔の1/2(≒軌間の1/2)
- r - 車輪半径
- λ - 踏面勾配
である。波長Lが小さいほど振動が激しくなることから、「小さな車輪半径」「狭い軌間」「大きな踏面勾配」は蛇行動の影響が大きいことがわかる。
[編集] 2軸車・2軸台車の蛇行動
実際の鉄道車両は1軸では成り立たず、2軸以上の輪軸、もしくは台車に複数の輪軸を備えたボギー台車により構成される。この場合の蛇行動は以下の式により表すことができる。
ここに、
- l - 軸距の1/2
である。すなわち、蛇行動を長周期化して影響を抑えるには、長い軸距が有効である。
実際の蛇行動は慣性運動であり、これら幾何学的条件のみならず、輪軸・台車・車体の質量やバネ定数・減衰定数なども大きく影響する。
[編集] 蛇行動への対策
[編集] 蛇行動と高速化
蛇行動は車輪の踏面勾配により起因し、前述した特性値により一定の波長を持つことから、走行速度が高いほど振動速度が大きくなり、しばしば高速化の障害となる。また、曲線区間においては、踏面勾配による復元力に比べ、作用する遠心力が大きいことから問題になることは少なく、主として直線区間において問題となる現象である。以下、蛇行動への対策について記す。
[編集] 踏面勾配の適正化
蛇行動を引き起こす原因は踏面勾配による復元力であるため、高速列車においては踏面勾配を小さく取ることが対策の一つとして有効である。日本においては、在来線車両の踏面勾配は1/20が標準であるのに対し、高速運転が前提の新幹線車両では1/40を標準としている。しかし、いたずらに踏面勾配を小さくすると曲線区間の通過が困難になるなどの問題もあるため、最小曲線半径に応じた適切な値を取ることが望ましい。
[編集] 輪軸の支持
実際の輪軸においては、前後方向や左右方向に対して完全拘束ではなく、弾性的に支持されている。このバネ定数を適切に選定することにより、共振を起こす振動数を使用しない超高速領域に設定する方法や、逆に低い速度で共振域を設定して高速域での振動を抑えるなどの方策がある。2軸貨車における2段リンク方式は後者の例である。
また、軸箱支持装置に軸箱守(ペデスタル)方式を用いている場合、摩耗により支持部にガタが発生しやすく、1軸蛇行動の原因となることが多い。このため、耐摩耗性に優れた材料を用いるともに、定期的な保守が必要である。円筒案内式による軸箱支持装置はこの欠点を改良したもので、ガタが発生しにくい構造となっている。
[編集] 蛇行動を抑制する機構
[編集] 側受とボルスタアンカー
従来しばしば用いられた揺れまくら機構(ボルスタ)付きのボギー台車では、心皿のほか側受により台車と車体が接しており、この間の摩擦力が蛇行動を抑える機能を有している。そのほか、揺れまくら機構台車には車体に牽引力を伝えるためのボルスタアンカーを装備するものがあり、これにより副次的に蛇行動を抑制する効果が得られる。
[編集] ヨーダンパ
ヨーダンパは近年の高速対応のボルスタレス台車に用いられ、車体と台車をダンパを介して接続するものである。ダンパはその特性から、速い動きにのみ抵抗し、ゆっくりした動きにはあまり抵抗しない。この特性により、曲線部における台車のゆるやかな回転は許容しつつ、高速振動である蛇行動のみを抑制する機構である。
日本においては、新幹線や特急形車両のほか、最高速度120km/h以上の近郊形電車を中心に採用されている。
[編集] その他
蛇行動を引き越さない輪軸構造として、左右独立車輪の研究がなされている。しかしながら、自己操舵機能を持たないことから、片方のレールや車輪が偏摩耗するなどの問題もあり、本格的な採用には至っていない。なお、近年の路面電車では左右独立車輪の採用事例が増えているが、その目的は蛇行動対策ではなく低床化である。
[編集] 関連項目
[編集] 参考文献
- 石井幸孝 『入門鉄道車両』 交友社、1970年
- 伊原一夫 『鉄道車両メカニズム図鑑』 グランプリ出版、1987年
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