犯罪捜査のための通信傍受に関する法律
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通称・略称 | 通信傍受法、盗聴法 |
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法令番号 | 平成11年8月18日法律第137号 |
効力 | 現行法 |
種類 | 刑事法 |
主な内容 | 犯罪捜査の一手段として通信傍受をするための要件と手続を定めた法律 |
関連法令 | 刑事訴訟法、警察法 |
条文リンク | 総務省法令データ提供システム |
犯罪捜査のための通信傍受に関する法律(はんざいそうさのためのつうしんぼうじゅにかんするほうりつ)は、日本の法令の一つである。犯罪の組織化、複雑化、科学化に対応するための捜査手段としての通信傍受の要件、手続について規定する。全32条。
なお、以下の記述において、犯罪捜査のための通信傍受に関する法律を本法、または、通信傍受法と記述する場合がある。
目次 |
[編集] 概略
刑事訴訟法222条の2では、「通信の当事者のいずれの同意も得ないで電気通信の傍受を行う強制の処分」は、別の法律に従って規律されるとしている。ここにいう別の法律というのが、本法である。
本法は、傍受することができる「通信」とは何か、通信を「傍受」するとはどういうことか、どのような犯罪について、どのような手続に従って、どういった内容の通信傍受をすることが許容されるのかについて規定している。
また、通信傍受によって権利・自由の侵害が生じることに配慮して、通信傍受が可能な場面は限定され、裁判官による傍受令状に基づいて行わねばならず、管理者の立会い等・通信の当事者に対する事後的な通知も要求されている。
更に、不服申立の手続も用意されている。
以下、具体的に見ていくこととする。
[編集] 規制の内容
[編集] 「通信」「傍受」とは何か。
何が傍受の対象となる「通信」に該当するかは、本法2条1項に規定されている。電話(固定電話・携帯電話)のみならず、「その他の電気通信」として、電子メール、及び、FAXも傍受の対象たる「通信」に含まれる。
本法で許容される「傍受」の方法は、通信線に傍受装置を接続して行うワイヤータッピング(wiretapping)である。いわゆる「盗聴器」によって直接会話を傍受するバッギング(bugging)については規定されていない(バッギングによる捜査の適法性については、後述する「残された問題」を参照)。
[編集] 通信傍受による捜査が許容される犯罪
通信傍受による捜査が許容される犯罪(対象犯罪)は、通信傍受が必要不可欠な組織犯罪に限定される。具体的には、薬物関連犯罪、銃器関連犯罪、集団密航、組織的に行なわれた殺人の捜査についてのみ、通信傍受が許される(通信傍受法3条1項、別表)。
[編集] 通信傍受のための手続
通信傍受は、裁判官から発付される傍受令状に基づいて行われる。通信傍受という人権制約を伴う強制処分を実施する根拠・必要性が裁判官によってチェックされる仕組みをとっているのである(令状主義)。
捜査機関が通信傍受を行おうとする場合には、検察官または司法警察員が地方裁判所の裁判官に対して傍受令状を請求する(通信傍受法4条1項)。この請求ができる検察官は検事総長からの指定を受けた指定検事に限られ、また、司法警察員についても、国家公安委員会等から指定を受けた警視以上の階級を有する警察官等に限定されており、他の令状よりも請求権者が限定されている。例えば逮捕状の場合(逮捕状については逮捕の項目を参照)、これを請求できる警察官の階級は「警部以上」とされている(刑事訴訟法199条2項)。
上記請求を受けて、裁判官は傍受令状を発布する(5条1項)。傍受令状を発布するための要件は通信傍受法3条に規定されている。その概要は以下である。
- 対象犯罪が犯されたと疑うに足りる十分な理由があり、対象犯罪が数人の共謀によるものであると疑うに足りる状況があること(通信傍受法3条1項1号)
- 対象犯罪の実行等に関連する事項を内容とする通信(犯罪関連通信)が行われると疑うに足る状況があること
- 通信傍受以外の方法によったのでは捜査が著しく困難であること
1に代わり、通信傍受法3条1項2号または3号に規定する状況がある場合にも傍受令状が発布される。また、「数人の共謀によるものであると疑うに足りる状況」がなくとも例外的に傍受令状が発布される場合も規定されている(通信傍受法3条2項)。
傍受令状に記載すべき事項は、通信傍受法6条に列挙されている。さらに、令状を発布する裁判官によって、傍受の実施に際しての条件が付されることもある(通信傍受法5条2項)。
傍受令状は、通信手段の傍受を実施する部分を管理する者に提示する。例えば、電話の傍受に際しては、電話会社の従業員に提示する。他の令状のように、強制処分を受ける相手方(つまり、傍受される通信を行う者)に提示する必要はない。通信傍受の目的達成のためには、当然である。
また、傍受実施の際には、通信手段の管理者等を立ち会わせなければならない(通信傍受法12条)。
[編集] 傍受してよい通信の内容
傍受してよい通信は、傍受令状に記載された通信のみである。傍受実施中に行われた通信であっても、傍受令状に記載されていないため傍受してはならない内容である場合には、傍受してはならない。例えば、犯罪に関わらない家族からの電話等は傍受できない。
とはいえ、傍受してよいかどうかはその内容を確認しないことには分からない。そこで、傍受してよい内容であるかどうかを判断するため必要最小限度の範囲であれば傍受することも許される(通信傍受法13条)。
[編集] 傍受後の手続
傍受後にも、手続は続く。
先ず、傍受した通信は全て記録媒体に記録しなければならず(通信傍受法19条)、検察官・司法警察員には傍受した通信内容を刑事手続において使用するための記録(傍受記録)の作成が義務付けられる(通信傍受法22条)。
更に、傍受終了後30日以内に(捜査に支障があるならば延長可能)、傍受された通信の当事者に対して傍受したことを通知しなければならない(通信傍受法23条)。
裁判官による傍受令状の発布、及び、捜査機関による通信傍受について、不服を申立てる手続も用意されている(通信傍受法26条)。
本法に基づく通信傍受によって被疑者が検挙された初めての事例は、2002年1月、覚せい剤取締法違反の事件である。携帯電話の通話を傍受することによって、暴力団組員ら3人が逮捕された。
[編集] 立法経緯
本法は、憲法違反・刑事訴訟法違反という批判を受けながらも、特に組織犯罪における犯罪捜査のために通信傍受(特に電話傍受)が必要であるとして制定されたものである。
本法は、組織的犯罪への対策立法の一環として、平成11年8月に成立した(施行は平成12年8月15日)。第145回国会にて成立した組織的犯罪対策三法の一つと位置づけられている。
本法の成立以前においては、犯罪捜査のために電気通信の傍受(盗聴)を行うことができる旨を明確に定めた法令はなかった。
通信の傍受は、「通信の秘密」(日本国憲法21条2項)を侵害する行為であり、その結果、個人のプライバシーが侵害されるものでもある。よって通信の傍受を犯罪捜査の手段とすることは日本国憲法に反するという主張もある(本法が成立して以後においても、同様の根拠から、本法が憲法違反であるとの主張がなされている)。また、少なくとも、刑事訴訟法はじめ当時の法令では、犯罪捜査のための通信の傍受を正面から認めた法令はないのであるから、違法である(強制処分法定主義に反する)という主張もあった。
しかし、麻薬取引のように、電気通信(電話など)による緊密かつ巧妙な連絡をとることで組織的に実行される犯罪においては、通信傍受以外の方法による捜査によったのでは証拠収集(犯罪行為がどのようにして実行されているかという実態を解明すること、または、被疑者が誰であるかを特定することなど)に限界がある。
そうした犯罪捜査の必要性を理由に、従来の刑事訴訟法に規定された捜査の方法である検証の枠内に通信傍受を位置づける試みがあった。すなわち、電話会社の機器を対象とする「検証」として裁判官から検証許可状の発付を受け、電話での会話を傍受する「電話検証」と呼ばれる方法である。この方法は、最高裁判所においても合憲・適法であると判断された(最高裁判所第三小法廷決定平成11年12月16日刑集53巻9号1327頁〔判決日は本法の成立後であるが、問題となっている電話傍受は本法成立以前の平成6年7月に行われたものであり本法の適用はない〕)。
このような実務上の対応に明確な法的根拠を与えたのが、本法である(上記最高裁決定においても最高裁判事全員が賛成したわけではなく、元原利文裁判官の反対意見があった)。本法によって、捜査機関が正当な法的手続きに則って執り行う場合に限り通信傍受は適法とされ、この問題はとりあえずの解決をみた。
[編集] 残された問題
上記のように、本法によって通信傍受は適法な犯罪捜査の方法であることが明確となった。しかし、「通信の秘密」を犯し、もってプライバシーを侵害する通信傍受を認めた本法それ自体が憲法違反であるとの主張は、なお続いている。ただし、本法は通信傍受について上記のように厳格な規制をおいていることから、憲法違反ではないとの見解が多数となっている。
また、本法で規定されたのは、あくまで電気通信による通信の傍受という捜査手段である。現実に人同士が相対して口頭行う会話のように、電気通信という方法を用いない会話を傍受することは、本法の対象ではなく、本法を根拠に適法な捜査方法であるということはできない。
なお、上記した最高裁決定の理論を根拠に、電気通信によらない口頭での会話の傍受も、「検証」の手続を践むことによって適法な犯罪捜査として行うことが可能である、という理論も成り立ち得るが、批判的な学説が多い。
[編集] 民間人による傍受
本法は、あくまで捜査機関による犯罪捜査のための通信傍受の根拠となる法律である。もっとも、捜査機関ではない者が通信傍受(電話の盗聴など)を行ったからといって、直ちに刑法によって処罰され、または、民法上の不法行為責任を負うというわけではない。特に刑法上の処罰についていえば、盗聴器を仕掛ける、通信傍受のために他人の機器に改造を施す、または、他人の住居に侵入するといった行為が何らかの犯罪を構成するとして処罰されることはあるが、刑法上、通信傍受行為そのものを処罰する規定はない。詳細は、盗聴の項目に譲る。
[編集] 法律の略称について
本法の略称として論文、報道などにおいてしばしば用いられるものに、通信傍受法と盗聴法との二つがある。 このうち、盗聴法という呼称は、本法に対する批判的な意味合いを込めて用いられることが多い。