特攻兵器
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特攻兵器(とっこうへいき)とは、特攻(体当たり攻撃)を目的として造られた兵器である。
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[編集] 空の特攻兵器
航空特攻では、当初は通常の軍用航空機(戦闘機、攻撃機、爆撃機など)に爆弾を装備(爆装)して行われていた。またB-29迎撃に使われた無抵抗機のように、現場で特攻専用に改造された機体もある。しかし威力や生産性の向上、日本本土に上陸する敵部隊への攻撃などを考慮して特攻専用機が新規に開発された。また、偵察機も含め既存の軍用機を特攻専用に改修したモデルの開発も行われた。ただし特攻専用機開発後も、航空機の絶対数が不足していたため通常機による特攻も平行して行われた。
特攻専用機の例
[編集] 海の特攻兵器
航空戦とことなり、海戦で用いられる艦艇は数人以下で運用される攻撃兵器は普通少ない。そのため海で使われた特攻兵器は基本的に新規開発されたもの(あるいは本来人間が乗り込まないものに人間を乗り込ませ効率を高めたもの)である。このあたり、航空特攻とは発想が逆である。
海の特攻兵器の例
[編集] 開発の背景
現代でもイスラム過激派による自爆テロなどはあるが、正規軍が、搭乗者の生還が不可能な兵器を制式に採用・運用した例は、日本以外では見られない。神風特攻隊を編成した大西瀧治郎海軍中将においてすら、当初は特攻・自爆攻撃は「統帥の外道」と称し否定的であった。しかし戦局の悪化に伴い、本来は非常手段であったはずの特攻が恒常化し、邪道・外道が極まった象徴がこれらの特攻専用兵器といえる。
なお、特攻兵器の開発は、前線・現場からの提案が元となったとされるものが少なくない(例えば、回天の発案者は甲標的搭乗員だった黒木大尉)。しかし、たかが一士官・一技師の提案が即座に上層部に取り上げられ、開発の俎上に乗せられるのは不自然とも言える(それも一つ、二つの例ではない)。 特攻は強制ではなく、本人の志願によるという建前が貫かれていた(実際には上官による誘導なども多々あったといわれる)が、それと同様に特攻兵器の開発も、あくまで兵士たちの「自主的、自発的な提案」が基礎であるとして、中央・上層部が責任逃れを計ったのではないか、という意見もある。 (渓 由葵夫『第二次世界大戦奇想天外兵器』シリーズ参考)
よしんば現場からの発案が事実であったとしても、前線・現場から寄せられた建設的・実戦的な提案の数々(例えば戦闘機・月光への斜銃装備や、戦闘機への防弾装備充実を訴える前線航空隊からの要望等)がなかなか中央に汲み入れなかった一方で、これら乗員の犠牲を前提にした兵器の開発がただちに開始されたという事実は、(戦局悪化という悪条件を考慮しても)当時の日本軍の体質を如実に物語っていると言えるだろう。
[編集] 参考文献
渓 由葵夫『第二次世界大戦奇想天外兵器』シリーズ、新紀元社、1994-95年
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