岡部聡
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
岡部 聡(おかべ さとし、1965年4月7日 -)は、日本のオートレース選手。福岡県出身。19期、山陽オートレース場所属。
[編集] 略歴
- 1988年12月21日、第23回スピード王決定戦(山陽オートレース場)優勝。当時の競走車呼名は「ニューマン」。競走タイムは3.421。
- 1990年6月27日、開場25周年記念グランプリ(山陽オートレース場)優勝。当時の競走車呼名は「アンフィニ」。競走タイムは3.737。
- 2002年、4月から導入された全国ランキングで初代1位となり、「№1ヘルメット」を与えられる。10月1日、SG第7回オートレースグランプリ(伊勢崎オートレース場)でSG初制覇。競走車呼名は「フラッグシップ」。競走タイムは3.656。
- 2003年1月27日、SG第17回スーパースター王座決定戦(川口オートレース場)優勝。競走車呼名は「ラルフ・ワン」。競走タイムは3.539。
- 2005年11月6日、SG第37周年日本選手権オートレース(川口オートレース場)優勝。
- 2006年3月21日、SG第19回全日本選抜オートレース(飯塚オートレース場)優勝。
[編集] 無冠のオールラウンダー
岡部は片平巧(船橋オートレース場所属)や中村政信(飯塚オートレース場所属、故人)と同期の19期。万能型のレーサーで、抜群の安定感を誇る。特に雨走路での強さは日本一とまで言われる。
岡部はオートレース界でも珍しい二人の師匠を持ったレーサーでもある。地元山陽オートレース場所属の伊東隆美(7期、引退)が直接の師であるが、もう一人の師が飯塚オートレース場所属の桝崎正(7期、引退)であった。岡部の新人時代は2級車2年→1級車単気筒1年→1級車2気筒という乗り換わりで、単気筒で活躍するベテランレーサーも少なくなく、伊東もそんな選手の一人だった。しかし、岡部は何が何でもトラ、即ち2気筒に乗りたかった。そこで伊東に伺いをたて、伊東と同期で親交のあった桝崎の下へ越境で入門したのである。当時は休日にレース場外にエンジンを持ち出せたため、休みの日はほぼ毎日のように泊り込んでいたという。その後、主流がトラからフジに変わってもこの越境は続いた。しかし、同期の片平が次々とSGタイトルを手にしていくのに対し、岡部は長らく無冠に甘んじる事となった。
[編集] 雨の鬼
1999年12月23日、同期で「西の横綱」と言われた中村政信が不慮の事故で殉職するという不幸が発生した。その後、同期の片平が不調に陥る中、岡部は急激な進化を遂げていく。2002年10月にSGオートレースグランプリを制覇すると、たちまちにSG街道を爆進していく事となる。特筆すべきは、岡部が制覇したSGは全て雨だったということである。オールラウンダーではあるが雨のほうが得意な岡部にとって、これほど恵まれた条件はないと言えるだろう。一部では「雨乞いをしているのではないか?」と言う声まで上がったほどである。
カテゴリ: オートレース選手 | 1965年生 | スポーツ関連の人名スタブ項目