富山口駅
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
富山口駅(とやまぐちえき)は、富山県富山市城北町8番にあった西日本旅客鉄道(JR西日本)富山港線の駅。2006年(平成18年)3月1日、富山港線のLRT化に伴うルート変更によって廃駅となった。
目次 |
[編集] 駅構造
廃止当時、単式ホーム1面1線をもち列車同士の行き違いができない地上駅であった。ホームから出入りできる待合所、ホームの壁および上屋が一体となった簡易な駅舎(2代目)が存在した。
開業当初、当駅付近で線路は廃止当時より北のルートを通っていた。その南側にホームがあり、これに接して初代駅舎があった。一階建ての木造建築で天井が高い駅舎であった。昭和62年(1987年)5月に、線路が廃止当時のルートに移され、その北側に駅舎(2代目)が新設されるに伴ない、初代駅舎が取り壊された。
廃止当時は完全な無人駅であり、切符の自動券売機などの設置もなかった。
廃止後約1ヶ月程度で上屋や壁が撤去された他、当駅を含む廃止区間のレールや枕木や架線も撤去された。しかしその段階では、砕石道床やホーム単体は残っていた。
[編集] 駅周辺
富山方面から富山港線の線路を見ていくとこの駅は富山港線が北陸本線と分かれてすぐの場所にあり、駅の南側には北陸本線だけでなく富山地方鉄道本線の線路や電車を望むことが出来た。
駅前から地下道が伸びており、これら三本の線路を越すことが出来た。富山駅から直線距離でおよそ700メートルほどの場所で、あたりは富山の市街地であった。以下には当駅周辺にあった主なスポットを列記する。
[編集] 歴史
この駅の開業は大正13年(1924年)7月23日のことであった。この日富岩鉄道が当駅から岩瀬港駅(現在の岩瀬浜駅)までを開通させ当駅はその始発駅として開業したのである。開業当初は旅客営業のみが行われ、貨物営業は行われていなかった。
富岩鉄道が当駅から富山駅までを開通させ富山駅へ乗り入れを果たしたのは昭和2年(1927年)12月15日のことで、このとき当駅は始発駅ではなくなった。同時に富岩鉄道全線(富山~富山口~岩瀬港)で貨物営業が開始された。この時点では、富山~富山口間で旅客営業は行われていなかった。
富山~富山口間で旅客営業が始まったのは昭和3年(1928年)7月11日のことであった。そしてその後富岩鉄道は富山電気鉄道富岩線、富山地方鉄道富岩線をへて昭和18年(1943年)6月1日に国有化、富山港線となった。
その後この駅は昭和62年(1987年)4月1日、国鉄の分割民営化に伴い西日本旅客鉄道(JR西日本)富山港線の駅となったが、富山港線の路面電車化(詳しくは、富山ライトレール富山港線を参照のこと)に起因するルート変更に伴って、平成18年(2006年)3月1日に廃駅となった。
- 1924年(大正13年)7月23日 - 富岩鉄道の当駅から岩瀬港駅(現在の岩瀬浜駅)までの開通とともに開業(旅客営業のみ)。
- 1927年(昭和2年)12月15日 - 富岩鉄道の当駅から富山駅までが開通(この区間は貨物営業のみ)。全線で貨物営業を開始する。
- 1928年(昭和3年)7月11日 - 富岩鉄道が当駅から富山駅の間の旅客営業を開始する。
- 1941年(昭和16年)12月1日 - 富岩鉄道が富山電気鉄道へ路線を譲渡し同鉄道の富岩線となる。
- 1943年(昭和18年)1月1日 - 富山電気鉄道が富山県内の多くの会社と合併し富山地方鉄道となる。
- 1943年(昭和18年)6月1日 - 富山地方鉄道富岩線が国有化、富山港線とされる。
- 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄の分割民営化により西日本旅客鉄道の駅となる。
- 1987年(昭和62年)5月 - ホーム移設、2代目駅舎となる。
- 2006年(平成18年)3月1日 - LRT化に伴うルート変更により廃止。
[編集] 隣の駅
[編集] 参考文献
- 「ありがとう富山港線、こんにちはポートラム」編集委員会編 『ありがとう富山港線、こんにちはポートラム』 TC出版プロジェクト、2006年、ISBN 4-916181-21-2、32-34頁、61-62頁。