五十嵐英樹
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五十嵐 英樹(いがらし ひでき、1969年8月23日 - )は、平成期(1990年代前半-2000年代前半)のプロ野球選手。大阪府生まれ。現役時代はセントラル・リーグの横浜ベイスターズに所属していた。ポジションは投手。愛称は「ヒゲ魔神」、「デン助」、「デンちゃん」。
抜群の制球力と切れ味抜群のスライダーで、抑えの大魔神・佐々木主浩へつなぐセットアッパーとして活躍し、1998年の横浜の日本一に貢献した。現在は横浜の打撃投手。
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[編集] 来歴
- 1992年 - 三菱重工神戸からドラフト3位で横浜に入団。
- 1993年 - 一年目から主に中継ぎ投手として活躍。
- 1996年 - この年から本格的にセットアッパーに専念。7月の広島との3連戦では3試合全て登板し、24年ぶり史上6人目の同一カード3連戦3連勝を記録。
- 1997年 - 前年の疲労から右ひじを故障し、前半戦のほとんどを棒に振る。しかし36試合に登板し、横浜の7年ぶりとなるAクラス入りに貢献。
- 1998年 - 横山道哉、島田直也、阿波野秀幸と共にリリーフ投手として活躍。40試合に登板し、5勝2敗1S、防御率2.61と大車輪の活躍を見せる。特に8月28日の広島戦では7回表無死二、三塁のピンチで登板し、金本知憲、江藤智、緒方孝市といった強打者を三者連続三振に仕留めたため、翌日のスポーツ新聞数紙から「ヒゲ魔神」と命名された。
- 1999年 - この年、再びひじの故障に悩まされ低迷。その後かつてのボールの切れは戻らず、2001年に戦力外通告を受けて引退。
[編集] 略歴
[編集] 背番号
- 13(93~01)
[編集] エピソード
- 後に五十嵐のトレードマークとなったヒゲだが、入団当時あまりにも優しすぎる顔のため、威圧感を持たせるために生やしたものである。しかし、2001年に引退した時はヒゲを剃っている。
- 「デン助」というあだ名は風貌がコメディアンの大宮デン助(大宮敏充)に似ていることから付けられ、選手の間ではその変化形の「デンちゃん」とともに定着していたが、マスコミなどでは「ヒゲ魔神」と呼ばれることが多かった。
- マウンドでキャッチャーのサイン確認をする際、右腕を横にまっすぐ伸ばす仕草も話題となり、横浜スタジアムで試合前に行われる「スピードガンコンテスト」では真似をする参加者もよく見られた。また同僚の佐伯貴弘も利き腕の左手ではあったが、真似をしたことがある。
[編集] 通算成績
245試合 431投球回 31勝28敗9S 302奪三振 194与四死球 33被本塁打 防御率4.13
[編集] 関連項目
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