レンゾ・ピアノ
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レンゾ・ピアノ(Renzo Piano、1937年9月14日 - )はイタリアを代表する建築家。インテリアから公共建築まで幅広く手がけている。
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[編集] 概要
彼の作品の主要なものは、鮮烈な国際舞台へのデビュー作となったパリの美術館・文化施設であるポンピドゥー・センター、20世紀の建築におけるエンジニアリング・構造設計の最大の成果である関西国際空港ターミナルビル設計、ベルリン・ポツダム広場の再建にあたってのダイムラー・シティのマスタープラン設計であろう。いずれも、巨大建築に求められる技術的課題に応え、国際空港の象徴性やベルリンの周囲の歴史的文脈などといったものにも配慮をしている。
彼の設計による超高層ビルがベルリン以外ではシドニー(オーロラ・プレイス)などに設計されたほか、現在ロンドンのテムズ川南岸において「シャード・ロンドン・ブリッジ(Shard London Bridge)」という72階建て高さ310mのピラミッド型超高層ビル計画が進み、2010年ごろの完成が予定されている。[1]
また、ユネスコ親善大使にも選ばれている。
[編集] 年譜
- 1937年、イタリアのジェノヴァで、代々建築家の家に生まれる。現在も建築事務所をジェノヴァに構えている。
- 1964年にミラノ工科大学を卒業。1965年から1970年まで、ルイス・I・カーンの下で働いた。
- 70年、リチャード・ロジャースとともに建築事務所・ピアノ&ロジャース設立。建築設計競技で勝ち取ったポンピドゥー・センターの設計を共同で進めた。
- 77年、ピアノ&ライス&アソシエイツ設立。
- 1988年、プリツカー賞を受賞。
[編集] 建築
[編集] 1960 - 70年
- 移設可能なイオウ採掘工場(ポメツイア)
- 第14回ミラノ・トリエンナーレのパビリオン(ミラノ)
- レンゾ・ピアノ・オフィス(ジェノヴァ)
- 大阪万博イタリア工業館(大阪)
- フリープランによる住居(クサーゴ)
- 病院モデュール ARAM (ワシントンD.C.)
- オリベッティ・アンダーウッド工場(ペンシルベニア州ハリスバーグ (ペンシルバニア州)、ルイス・カーンと恊働)
[編集] 代表建築
- ポンピドゥー・センター(フランス・パリ、リチャード・ロジャースと共同、1971年(33歳) - 1977年)
- メニル・コレクション美術館(アメリカ・ヒューストン、1982年 - 1986年)
- フィアット・リンゴット工場再開発(イタリア・トリノ、1983年 - 2003年)
- ジェノヴァ港湾再開発(イタリア・ジェノヴァ、1985年 - 1992年)
- 関西国際空港ターミナルビル(大阪・泉佐野、1988年 - 1994年)
- ダイムラー・シティー マスタープラン(ドイツ・ベルリン・ポツダム広場、クリストフ・コールベッカーと共同、1992年 - 2000年)
- バイエラー財団美術館(スイス・バーゼル、1992年 - 1997年)
- チバウ文化センター(フランス領ニューカレドニア・ヌーメア、1998年)
- オーロラ・プレイス(超高層ビル、オーストラリア・シドニー、1996年 - 2000年)
- メゾン・エルメス(東京・銀座、1998年 - 2001年)
- ゼントラム・パウル・クレー(スイス・ベルン、パウル・クレー・センター、1999年 - 2005年)
- ハイヤ大橋・熊本天草市・牛深町
[編集] 外部リンク
プリツカー賞: 受賞者
高松宮殿下記念世界文化賞建築部門: 受賞者