リボー
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性別 | 牡 |
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毛色 | 鹿毛 |
品種 | サラブレッド |
生誕 | 1952年2月27日 |
死没 | 1972年4月28日 |
父 | テネラニ |
母 | ロマネラ |
生産 | フェデリコ・テシオ |
生国 | イギリス |
馬主 | M・M・I・デッラ・ロチェッタ |
調教師 | ウーゴ・ペンコ |
競走成績 | 16戦16勝 |
獲得賞金 | 30,360,000リラ +59,880,000旧フラン +23,727ポンド |
リボー(Ribot)はイタリアの競走馬・種牡馬。16戦16勝、凱旋門賞連覇とほぼ完璧な競走成績を持ち、20世紀最強の1頭との声も高い。引退後は種牡馬としても成功した。イタリアの名馬産家フェデリコ・テシオ晩年の最高傑作。
目次 |
[編集] 生い立ち
ネアルコ(Nearco)、ドナテッロ(Donatello II)等を生産したイタリアの天才馬産家フェデリコ・テシオによってリボーは生産された。テシオにとってリボーは自身の集大成とも言え、自分の生産馬を殆ど配合には用いなかったテシオには珍しく父方、母方ともに3代に渡って自身の生産馬で占められている。両親は父がダービーイタリアーノ馬テネラニ、母はイタリア2歳チャンピオン・ロマネラである。ロマネラは2歳時のみの7戦5勝の成績を残した後に繁殖入りし、1951年に当時イギリスで種牡馬をしていたテネラニを配合するためにイギリス・ナショナルスタッドに送られた。ロマネラは翌年もテネラニを配合するためにナショナルスタッドを訪れており、その時に生まれた小柄な鹿毛の牡馬がリボーである。このため血統、関係者共にイタリア色が濃いにもかかわらず、生産国はイギリスとなっている。
子馬のころは大変小柄で、牧場ではイル・ピッコロ(ちびっこ)と呼ばれていた。テシオも素質を認めていたが、小柄だったためクラシック登録をしなかったとされる。また、若い頃は人懐っこかったという。テシオはこの仔馬にフランスの画家「テオデゥル・オーグスタン・リボー」に因み、リボーと名付けた。この後、テシオは自身の最高傑作のレースを見ることなく亡くなっている。
[編集] 現役時代
仔馬の頃には小柄な馬体であったが、2歳のデビュー時には162.6cmという大柄な馬体に成長していた。2歳時は、伊グランクリテリウムを含む3戦全勝でイタリアの2歳チャンピオンとなった。レースぶりはスタートから先行集団につけ、直線に入ってから後続を突き放すというスタイルであり、伊グランクリテリウムで騎手が抑える競馬を試したところリボーはやる気を無くしアタマ差勝ちと生涯唯一の苦戦を経験している。
クラシック登録がないリボー陣営は目標を故テシオの悲願だったフランスの凱旋門賞に定め、ステップレースのベサナ賞では後のイタリアのセントレジャーステークス優勝馬デレイン(Derain)に10馬身差をつけて完勝しフランスに遠征した。凱旋門賞では2番手を追走。最終コーナーで先頭にたつとリボーはそのまま後続を引き離し、ゴールではボウプリンス(Beau Prince)に3馬身差をつけて余裕の勝利を決めた。しかもこの僅か2週間後にイタリアの大レース伊ジョッキークラブ大賞で前年の勝ち馬ノルマンを相手に15馬身差で勝利している。
4歳になってもリボーは圧勝を重ねた。初戦のグィリオヴェニノ賞を4馬身、2戦目のヴィチュオーネ賞を12馬身、3戦目のガルバニャーテ賞を8馬身、イタリア最大のレースミラノ大賞典を8馬身と圧勝するが、イギリスでリボーの評価が低かった為、リボー陣営はイギリス遠征を決断しキングジョージ6世&クイーンエリザベスステークスへ出走、これを当時のレース最高着馬身差の5馬身の快勝をするとイギリスでの評価を覆した。この後、2度目の凱旋門賞を迎える、前年では9.6倍と低評価だったが、デビュー以来の15連勝を重ねたリボーは1.6倍の圧倒的1番人気に押されていた。レースは前年の再現で、3番手を追走し、直線で先頭に立つと独走態勢、6馬身差で圧勝した(史上最大着差、しかも写真等から実際には8~10馬身あったといわれている)。リボー16戦全勝のキャリアは20世紀欧州の連勝記録で、合計着差は100馬身に迫るものだった。
[編集] 競走成績
年月日 | レース名 | 着順 | 騎手 | 距離 | タイム | 着差 | 1着馬(2着馬) |
1954年7月4日 | トラムスキオ賞 | 1着 | E.カミーチ | 芝1000m | - | 1馬身 | (ドナタヴェネツィアナ) |
9月26日 | クリテリウムナチオナーレ | 1着 | E.カミーチ | 芝1200m | - | 2馬身 | (ゼノドト) |
10月24日 | 伊グランクリテリウム | 1着 | E.カミーチ | 芝1500m | 1.38.4 | アタマ | (ガイル) |
1955年3月6日 | ピサ賞 | 1着 | E.カミーチ | 芝1500m | - | 6馬身 | (ドナタヴェネツィアナ) |
4月17日 | エマヌエーレフィリベルト賞 | 1着 | E.カミーチ | 芝2000m | - | 10馬身 | (ガイル) |
7月16日 | ブレンボ賞 | 1着 | E.カミーチ | 芝2200m | - | 1馬身 | (デレイン) |
9月7日 | ベサナ賞 | 1着 | E.カミーチ | 芝2400m | - | 10馬身 | (デレイン) |
10月9日 | 凱旋門賞 | 1着 | E.カミーチ | 芝2400m | 2.35.68 | 3馬身 | (ボウプリンス) |
10月23日 | 伊ジョッキークラブ大賞 | 1着 | E.カミーチ | 芝2400m | 2.34.4 | 15馬身 | (ノルマン) |
1956年5月12日 | グィリオヴェニノ賞 | 1着 | E.カミーチ | 芝2000m | - | 4馬身 | (フスカルド) |
5月16日 | ヴィチュオーネ賞 | 1着 | E.カミーチ | 芝2400m | - | 12馬身 | (マジストリス) |
6月10日 | ガルバニャーテ賞 | 1着 | E.カミーチ | 芝2000m | - | 8馬身 | (グランドラピドス) |
6月17日 | ミラノ大賞典 | 1着 | E.カミーチ | 芝3000m | 3.16.2 | 8馬身 | (ティソット) |
7月21日 | KG6世&QES | 1着 | E.カミーチ | 芝12ハロン | 2.40.24 | 5馬身 | (ハイヴェルツ) |
9月9日 | ピアツァレ賞 | 1着 | E.カミーチ | 芝1800m | 1.51.6 | 8馬身 | (マガビット) |
10月7日 | 凱旋門賞 | 1着 | E.カミーチ | 芝2400m | 2.34.76 | 6馬身 | (タネルコ) |
[編集] 引退後
種牡馬となったリボーは最初イギリスのダービー伯爵の元で供用され、翌年から2年間イタリアのオルジアタ牧場で供用された。その後、アメリカのダービーダン牧場へ5年間のリース契約ながら135万ドルという史上最高価格が提示されアメリカに渡った。アメリカに渡ってからのリボーは環境の変化と加齢のためか、若い頃の人懐っこい性格は姿を潜め、非常に扱い辛い性格へとなっていった。そのため、5年後にイタリアに戻る予定が、渡航の危険性から保険の引き受け手が見つからず結局生涯アメリカで過ごすことになった。
産駒は主にヨーロッパに残した産駒が活躍したが、後継種牡馬となったのはアメリカに残した産駒達であった。トムロルフは孫の代にアレッジド(Alleged、リボー以来の凱旋門賞連覇を達成)を出し、グロースターク、ヒズマジェスティ兄弟も種牡馬として活躍した(→子孫についてはリボー系を参照されたい)。
1963、67~68年のイギリスリーディングサイアー
[編集] 主な産駒
- ラグーザ(Ragusa) アイリッシュダービーステークス、キングジョージ&クイーンエリザベスステークス、セントレジャーステークス
- トムロルフ(Tom Rolfe) プリークネスステークス、アメリカンダービー
- アーツアンドレター(Arts and Letters) ベルモントステークス、トラヴァーズステークス、ジョッキークラブゴールドカップ、1969年度アメリカ年度代表馬
- モルヴェド(Molved) 凱旋門賞、ドーヴィル大賞、ジョッケクルブ賞
- プリンスロイヤル(Prince Royal) 凱旋門賞、ミラノ大賞典
- グロースターク(Graustark) 9戦8勝
- ヒズマジェスティ(His Majesty) 1982年北アメリカリーディングサイアー
- リボッコ(Ribocco) セントレジャーステークス、アイリッシュダービーステークス
- リベロ(Ribero) セントレジャーステークス、アイリッシュダービーステークス
[編集] 血統表
リボーの血統 セントサイモン系/アウトブリード | |||
父
Tenerani 1944 鹿毛 |
Bellini 1937 鹿毛 |
Cavaliere Darpino | Havresac |
Chuette | |||
Bella Minna | Bachelor's Double | ||
Santa Minna | |||
Tofanella 1931 栗毛 |
Apelle | Sardanapale | |
Angelina | |||
Try Try Again | Cylgad | ||
Perseverance | |||
母
Romanella 1943 栗毛 |
El Greco 1934 栗毛 |
Pharos | Phalaris |
Scapa Flow | |||
Gay Gamp | Gay Crusader | ||
Parasol | |||
Barbara Burrini 1937 黒鹿毛 |
Papyrus | Tracery | |
Miss Matty | |||
Bucolic | Buchan | ||
Volcanic F-No.4-b |
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