フェアチャイルド (半導体)
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フェアチャイルド(Fairchild semiconductor)はアメリカ合衆国の半導体メーカーの一つ。
フェアチャイルドは世界初の商用集積回路を実現し(ただし、テキサス・インスツルメンツとほぼ同時期)、1960年代のシリコンバレー革命の主役の一社となった。 1970年代、フェアチャイルドは政府などの高級顧客向けに集中するようになり、そのせいでマイクロプロセッサ市場の黎明期に乗り遅れた。結局、1980年代にはナショナル・セミコンダクタに買収されることになった。 1997年、フェアチャイルドは独立して再生、1999年にはニューヨーク証券取引所に上場を果たした。 フェアチャイルドの所在地であるメイン州サウスポートランドは、世界で最も長く半導体を生産し続けている場所である。
[編集] 歴史
1955年、ウィリアム・ショックレーはショックレー研究所を設立し、高速動作が見込まれる新型の四層ダイオードを開発しようとしていた。ショックレーはかつて働いていたベル研究所の同僚を雇おうとしたが、付いて行く者はいなかったため、代わりに新卒の若者を雇うことになる。この中に、後にフェアチャイルドを設立するメンバーがいた。
ショックレーは経営者としては問題のある人物であり、しばしば部下や出資者と衝突を起こした。我慢しきれなくなった所員8人が1956年に研究所を辞め、彼ら自身でプロジェクトを起こすために出資者を探した。まもなく、軍と関係の深いFairchild Camera and Instrument社が出資者となった。1957年、フェアチャイルドは、半導体材料としてはゲルマニウムが一般的だった中で、シリコントランジスタの設計製造を開始した。
最初のトランジスタ製品は間もなく発売され、IBMが大量に買ってくれた。 2年後、彼ら(特にロバート・ノイス)はシリコンウェハー上に4つのトランジスタから成る回路を形成することに成功した。 これが最初のシリコンによる集積回路である(ただし、TIのジャック・キルビーが1958年にゲルマニウムの集積回路を完成させていて、後に特許も得ている)。 フェアチャイルドは社員数12人から12,000人となる急成長を遂げた。
1960年代になって、設立当初のメンバーは次々とフェアチャイルドを去っていき、新たに起業していった。 最後に残ったロバート・ノイスとゴードン・ムーアも1968年に退職し、インテルを設立した。 ここに至って、フェアチャイルド社は頭脳を失った。
インテルは間もなくマイクロプロセッサを開発したが、フェアチャイルドはそれになかなか追随できず、数年後にF8をリリースした。 集積回路の本家としての優位は崩れ去った。 1970年代の終わりには生産すべき新製品がなくなり、軍用や航空宇宙分野向けの特別な集積回路に集中するようになる。
一時期、フェアチャイルドはバイポーラ技術を使った集積回路の開発で業界をリードしたことがあった。 この回路は例えばクレイ社のスーパーコンピュータでも使われるなど、広く使用された