ノーリーズン
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性別 | 牡 |
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毛色 | 鹿毛 |
品種 | サラブレッド |
生誕 | 1999年6月4日 |
死没 | 存命 |
父 | ブライアンズタイム |
母 | アンブロジン |
生産 | ノースヒルズマネジメント |
生国 | 日本(北海道新冠町) |
馬主 | 前田晋二 |
調教師 | 池江泰郎(栗東) |
競走成績 | 12戦3勝 |
獲得賞金 | 1億8601万7000円 |
ノーリーズンは、日本の競走馬である。2002年の皐月賞を制した。半弟には2004年のシンザン記念を制したグレイトジャーニーがいる。
[編集] 戦績
2002年1月5日京都芝1800mの新馬戦でデビューし1着。続く2戦目の500万下条件戦こぶし賞も勝利し、デビューから2連勝を飾った。しかし続く皐月賞トライアルの若葉ステークスでは7着に敗れ、2着までに与えられる皐月賞の優先出走権を取ることができなかった。優先出走権はなかったが皐月賞には登録。7分の2の抽選を見事に突破し、皐月賞に駒を進めた。15番人気まで評価を落としたが、初騎乗となるブレット・ドイルの好騎乗もあり、見事に1着でゴールした。タイムは1分58秒5でナリタブライアンがマークした皐月賞レコードと同タイムであった。続く東京優駿(日本ダービー)では、タニノギムレットに続く2番人気で出走。しかし直線の坂で伸びず8着に敗れた。レース後、軽い骨折が判明し、休養に入る。
幸い骨折の程度は軽く、秋の菊花賞トライアル・神戸新聞杯で復帰。ここでシンボリクリスエスの2着に入り復活をアピールした。そして迎えた菊花賞では、シンボリクリスエスが翌週の天皇賞(秋)に回り、本命は不在ということもあって1番人気に支持された。そしてレースになるが、スタートしてゲートを出た直後にノーリーズンが立ち上がり、鞍上の武豊が落馬してしまう。場内がどよめきに包まれたなか、優勝したのは10番人気のヒシミラクル、2着が16番人気のファストタテヤマで大波乱となった。落馬による怪我は無く、ジャパンカップ(ファルブラヴの8着)、有馬記念(シンボリクリスエスの6着)にも出走したが、思うような成績は残せなかった。
年が明け、古馬となった緒戦の京都記念はマイソールサウンドの5着。続く阪神大賞典はダイタクバートラムの4着。天皇賞(春)に向けて調整が続いていたが、浅屈腱炎を発症し休養に入ってしまう。1年半休養し、2004年の朝日チャレンジカップで復帰したが、スズカマンボが勝利する中、11頭立ての最下位に敗れ現役引退を発表、種牡馬入りすることになった。
ノーリーズンの血統 ヘイルトゥリーズン系/Nashua4×4=12.5% | |||
父
*ブライアンズタイム Brian's Time 1985 黒鹿毛 |
*Roberto 1969 鹿毛 |
Hail to Reason | Turn-to |
Nothirdchance | |||
Bramalea | Nashua | ||
Rarelea | |||
Kelley's Day 1977 鹿毛 |
Graustark | Ribot | |
Flower Bowl | |||
Golden Trail | Hasty Road | ||
Sunny Vale | |||
母
*アンブロジン Ambrosine 1988 鹿毛 |
Mr.Prospector 1970 鹿毛 |
Raise a Native | Native Dancer |
Raise You | |||
Gold Digger | Nashua | ||
Sequence | |||
バラダ Barada 1982 栗毛 |
Damascus | Sword Dancer | |
Kerala | |||
Courtly Dee | Never Bend | ||
Tulle F-No.A4 |
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