10.8決戦
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10.8決戦(-けっせん)は、1994年10月8日に行われた日本プロ野球・セ・リーグの中日ドラゴンズ(以下中日)対読売ジャイアンツ(以下巨人)第26回戦の試合の俗称である。日本プロ野球史上初めてシーズンの勝率が同率首位で並んだチーム同士での最終戦直接決戦となった試合だった。
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[編集] 概要
1994年(平成6年)10月6日の129試合目を消化した時点で中日と巨人はどちらも69勝60敗で並んでいた。当時、セントラル・リーグでは各チーム130試合の公式戦をおこなうことになっており、この年の両チームにとっての最後の公式戦は10月8日に行われる直接対決であった。このためこの試合に勝利した側が、この年のセントラル・リーグの優勝を手にする例の無い状況が生じた。このように最後の公式戦によって、かつその勝者がその年の優勝チームとなる事態はプロ野球の歴史上初めてのことであり(最終戦で優勝が決定する事態はセリーグでは1982年に同じ中日が経験しているが、このときの相手は優勝争いに関係ない大洋(現・横浜)であった)、今日にいたるまで再び生じていない。なお、当時の規則では引き分けとなった公式戦は再試合によって勝敗を決することになっていたため、もしこの試合が引き分けに終わった場合には再度の直接対決によってリーグ優勝が決定することになっていた。
巨人の長嶋茂雄監督(当時)はこの試合を国民的行事と呼んだ。この表現が単なる誇張であったか否かは定価1,500円の外野席チケットがダフ屋によって15,000円で取り引きされたことにみるように、そのチケットが非常に入手困難なものとなったことからも窺い知ることができよう。また、その年に210安打のシーズン新記録を達成したオリックス・ブルーウェーブ(現シアトル・マリナーズ)のイチローも球場で観戦するなど、注目度の高さを示した。
試合は愛知県名古屋市のナゴヤ球場で行われ、中日の先発投手は今中慎二、巨人が槙原寛己であった。審判員については球審が小林毅、塁審が井上・福井・山本文であった。巨人は、当時、槙原とならんで巨人の「先発三本柱」と称された桑田真澄、斎藤雅樹を継投させる総力戦でのぞんだ。一方中日は、その時ナゴヤ球場巨人戦で11連勝していた「巨人キラー」左のエース今中慎二を先発投入。しかしその今中を巨人打線が打ち込み、6-3で巨人が勝利した。これにより、巨人はこの年のセントラル・リーグ優勝を果たした。
この試合は全国にテレビ放映され、ことに関東地区での視聴率(ビデオリサーチ調べ)は48.8%を記録した。これは関東地区におけるプロ野球の歴史上最高のテレビ視聴率である。この試合はプロ野球人気の究極の到達点の一つであるといえよう。
[編集] 試合経過
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 計 | |
巨人 | 0 | 2 | 1 | 2 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 6 |
中日 | 0 | 2 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 3 |
[巨人]
[中日]
[審判](球)小林毅(塁)井上・福井・山本文
巨人キラーと呼ばれた今中が打ち込まれたり、巨人・落合が中日・立浪のゴロを捕球の際に足を滑らせ負傷退場(落合はこの怪我が影響して後日の日本シリーズは欠場している)したり、立浪が1塁にヘッドスライディングして肩を脱臼したり、9回、巨人・川相のセンターバックスクリーンへの打球が三塁打と判定されて長嶋監督が猛抗議するなどの数々のドラマを生んだ。
[編集] エピソード
- この試合で球審は、小林毅二現セ・リーグ審判部指導員。当時の審判部役員の推薦により球審が決まった。
「あの日は球場入りすると異様な雰囲気。マスコミも日本各地から集まった感じ。しかし、試合が始まると思ったほど緊張しなかったし、試合終了後、川島セ・リーグ会長が審判員や記録員を食事に連れて行ってくれた。」と、小林氏は述懐している。
- この年のセ・リーグは奇遇にも同率で並んだチーム同士での最終戦直接決戦によって優勝決定がなされたのみならず、最下位決定も行われたシーズンであった。
- 10.8決戦が行われた10月8日の段階において、同じ129試合を消化したヤクルトと横浜がいずれも61勝68敗での同率で並ぶことになった(この日の横浜戦はなかったが、129試合目を迎えていた最下位ヤクルトが既に3位が確定していた広島に勝って横浜に並んだ)。既に全日程が終了していた阪神が62勝68敗での同率4位が確定していたため、両チームにとっては最終戦にあたるヤクルト×横浜の直接対決で敗れた方のリーグ最下位が確定するという事態となっていたのである。
- 翌10月9日に神宮球場においてヤクルトが西村龍次、横浜が斎藤隆の両投手の先発登板で始まったヤクルト対横浜の26回戦は、7回表にまず横浜が1点先制したものの、8回裏にはヤクルトが同点に追いつき、9回裏にヤクルトが横浜のリリーフの盛田幸妃から逆転サヨナラタイムリーを放って2-1で勝利して勝ったヤクルトの阪神と同率4位(勝利投手:高津臣吾)、敗れた横浜(敗戦投手:斎藤隆)のリーグ最下位が確定した。もしこの試合でヤクルトが敗れていたら、「翌年の開幕戦は伝統の一戦になっていた」などという声も少なくない。
- この年は首位巨人と最下位横浜のゲーム差はわずか9.0であった。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
カテゴリ: プロ野球の試合 | 読売ジャイアンツ | 中日ドラゴンズ | 1994年のスポーツ