ヤン・ウェンリー
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ヤン・ウェンリー(Yang Wen-li、宇宙暦767年4月4日 - 宇宙暦800年6月1日)は、銀河英雄伝説の自由惑星同盟側主人公。物語の語り部的存在とも呼ばれる。
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[編集] 身長/体重
OVA版の外伝・螺旋迷宮で示された身分証明証によると、21歳の時点で身長172cm、体重65kg。
なお原作での彼の身長は176cm(明確には記述されていないが、フェザーン脱出時のユリアンの身長に関する記述で「身長は176cmに達しヤンと並んでしまった」と書いてある)
[編集] 略歴
宇宙暦767年生まれ。幼い頃に母ヤン・カトリーヌ・ルクレールを亡くし、星間交易船の船長であった父ヤン・タイロンの元で育った。早くから歴史研究家になることを志していたが、反対する父に歴史研究のために大学進学をすることを認めてもらった直後、その父親の事故死によって無一文になってしまった。そのため、タダで歴史を学べるという理由から、同盟軍士官学校戦史研究科に入学し「仕方なく」軍人になる。その戦史研究科も在学中に廃止となり、戦略研究科に転科させられている。もっとも戦略研究科は同盟軍の士官学校ではエリートコースであり、このころから既に同盟軍はヤンの素質に対して一定の評価をしていたと言える。
しかし任官後の勤勉とは言えない勤務態度から、「穀潰しのヤン」「無駄飯食いのヤン」などと呼ばれるが、帝国軍艦隊が迫る銀河帝国との国境であるイゼルローン回廊に近い「惑星エル・ファシル」から策を弄して民間人を救出したことで「エル・ファシルの英雄」と賞賛され世の注目を浴びることとなった。このときにヤンが救出した民間人の中にいた、後に妻となる当時14歳だったフレデリカ・グリーンヒルと出会っている。その後も退役し歴史研究家になることを望む本人の意志に反して、最前線において武勲を重ね軍人として栄達していく。
宇宙暦796年、アスターテの会戦で負傷した艦隊司令官パエッタの後を受け、初めて(小説版では)ラインハルトと砲火を交え、その奇策で艦隊を全滅の危機から救い、帰還後政府及び軍部の思惑で少将に昇進、アスターテの残存兵力をまとめ、新規兵力を加え新設された第13艦隊の初代司令官となる。その際にヤンに会いたい一心で軍人への道を選んだフレデリカ・グリーンヒルと再会を果たす。その後フレデリカは一貫してヤンの副官として公私にわたりヤンをサポートすることになる。
第十三艦隊の最初の出動で、難攻不落といわれたイゼルローン要塞を、『急ごしらえのわずか半個艦隊で、しかも自軍に一人の犠牲も出さず』陥落させた。それは、要塞の駐留艦隊を陽動で引き離し、その隙に、主として帝国からの亡命者の子弟で組織された白兵戦技の達人集団「薔薇の騎士(ローゼンリッター)」連隊を用いて、トロイの木馬よろしく要塞内部に侵入させ内部から要塞をのっとるという意表をついたものであったため、「魔術師ヤン」「奇跡の(ミラクル・)ヤン」と評されるようになった。それからもしばしば奇策を用いて、帝国の名だたる将帥を次々と撃破し、武勲を重ね、最期まで劣勢の同盟軍を支え続けた。後に同盟軍史上最年少の元帥となり、その智略はラインハルトすら死地に追い詰めるほどであった(バーミリオン星域会戦)。彼の率いる艦隊は、同盟最強の「ヤン艦隊」と呼ばれ、帝国軍の将兵に恐れられた。敵からは、その巧妙な奇策に敗れた悔しさから、味方からは痛快さと敵への同情をこめて「ペテン師」と揶揄されることもあった。
同盟降伏後、帝国元帥の座を持って引き抜こうとした新皇帝ラインハルトの誘いを辞し、退役し市井の一市民となる道を選ぶ。その直後に長年の副官であったフレデリカ・グリーンヒルと結婚した。しかしその気楽な生活はたった二ヶ月で破綻することになる。オーベルシュタインとレンネンカンプの策謀により扇動された同盟政府に暗殺されかけるが、ヤン艦隊の仲間に救出され、一時的に身を隠す。その後エル・ファシル独立政府に身を寄せ、革命軍を組織してイゼルローン要塞を奪還、民主主義存続の意義を担う。しかし、宇宙暦800年6月1日、皇帝ラインハルトとの会談に向かう途上、地球教徒のテロに倒れその33年という、波乱に満ちた、それでいて短い生涯を閉じる。
しかし彼の死後もヤン・ウェンリーの名は共和主義者の英雄として祭り上げられ、そのカリスマは彼の遺志を継いだユリアンらによって(生前のヤン、そしてユリアンにとっても不本意な事ながら)イゼルローン共和政府の権威の拠り所として利用されてゆく事になる。
乗艦は戦艦ヒューベリオン(第13艦隊司令官就任時~バーミリオン会戦)→戦艦ユリシーズ(動くシャーウッドの森との合流後~回廊の戦い)。特に最初に旗艦とした戦艦ヒューベリオンは、ヤン艦隊の象徴として敵味方に広く知れ渡っていた。また、アムリッツァ会戦後、最新鋭の旗艦級戦艦トリグラフが配備されたときもヤンは旗艦を移動せず、後輩アッテンボローの分艦隊旗艦にしてしまった。本人曰く「あの艦(トリグラフ)は乗るより見ているほうがいい」らしきことを言ったようだが、実際は旗艦の変更が面倒くさかっただけのようである。
尚、ヒューベリオンは、メディアによってその説明が異なる。第13艦隊新設に際して「新たに配備された新型艦」と説明されることもあれば、「退役寸前の旧式艦を(慌てて)引っ張り出してきた」と説明されることもあり、一貫していない。また、別の設定資料では、辺境星域警備艦隊旗艦を、半個艦隊規模ということで、通信設備等を増強した上で艦隊旗艦として配備したというものまである。もっとも、全長は911メートルと、他の艦隊旗艦級戦艦(例:パトロクロスは1,159メートル)と比較して小型なので、旧式艦説の方が優勢といえる。だが、たとえ旧式艦だとしても、情報を重視するヤンの旗艦らしく、通信能力は他の艦隊旗艦級戦艦と比べても遜色がない。その意味で、旗艦としての役割は十分、果たしたと評価できる。
対ガイエスブルグ要塞戦では、巡航艦レダIIが一時的な乗艦となった。なお、レダIIは皇帝ラインハルトとの会談に向かう時の乗艦として使われ、結果としてヤンの死に場所となった。
[編集] 能力
卓絶した戦場の心理学者であり、魔術的な戦術を弄したが、本質的には戦略家であったとされる。
卒業後の武勲・戦歴に比して士官学校時代はごく平凡な成績であったが、興味のない分野には可能な限り手を抜いていたので、一時は卒業も危ぶまれたらしい。
軍事的な能力を最初に表したのは、士官学校の戦略・戦術シミュレーションの授業に於いて、学年首席だったマルコム・ワイドボーンに勝利した時。補給線を分断して相手の戦闘能力の衰弱を待つという合理的だが軍事ロマンチシズムに反する手法を採用した為、戦闘そのものでは優位だったワイドボーンは自分の負けを認めなかった。
具体的に、軍隊において最初にその才覚を表したのは、宇宙暦788年の惑星エル・ファシルでの民間人救出。当時は中尉だったが、この功績によって少佐に昇進した(ただし生者に二階級特進は無いという不文律から、9月19日10時25分に大尉、同日16時30分に少佐に昇進する辞令を受け取った)。また、この功績は同盟軍の宣伝により世間に広く知られ、「エル・ファシルの英雄」と讃えられる事となった。
帝国側の主人公であるラインハルトがヤンの存在と能力を認識したのは、原作小説ではアスターテ会戦。アニメでは劇場版第一作で描かれた第四次ティアマト会戦の時。これ以降、ラインハルトはヤンを注視し、第13艦隊の司令官に就任した時点でも、その才華が自分にとって軽んずるべきものでは無いという意味の懸念をキルヒアイスに告げている。この懸念は的中し、以後、ラインハルトはヤンとの直接的な戦いで遂に勝利する事が出来ず、配下の将帥もことごとく敗退、さらにはファーレンハイトやシュタインメッツ、ケンプなどの重臣を戦死させられてしまう。
帝国上層部が、ヤンの存在を重視する様になったのは、当時は半個艦隊だった第13艦隊がイゼルローン要塞を無血占領した時と思われる。それ以前のアスターテ会戦での功績等は上層部でも噂になっていた(ラインハルトが元帥に就任した時の雑談より)が、深刻な様子は伺えない。
バーラトの和約以後は、その才能が逆に同盟上層部の不安材料となり、暗殺されかかった為ハイネセンを脱出しなければならなくなる。また、亡命したエル・ファシル独立政府からも全面的な信頼は得られず、イゼルローンの再奪取作戦においては直接指揮を執る事を却下された。しかしこれは後輩であり部下であるアッテンボローを後方から督戦させる経験を積ませる意味もあったので一概に不本意でもなかったようであるが。
後世、ヤンは同盟軍の宇宙艦隊司令長官や最高司令官の地位にあったと言われがちだが、同盟軍在籍時代はそのような地位にはついておらず、最終的にはイゼルローン要塞司令官及び駐留艦隊司令官のままであった(後にエル・ファシル革命政府に合流した際は、革命予備軍最高司令官の地位に就いている)。またヤンのイメージとして後方で全軍を統括、指揮する軍師のようにも言われるが、実際は前線で陣頭指揮を取ってることが大半であった(もっとも大軍を指揮しようにも、ヤンが大軍を統括指揮できる地位についた時には同盟軍の過半以上が失われ、指揮する艦艇がなかったからもあるが)。ゆえにヤンが戦場で指揮した艦艇は常に一個艦隊で(最大でも3万隻に満たない)、ラインハルトなどからはヤンに数個艦隊を指揮させたらどれだけのことが出来るのかと言われていた(1個艦隊の指揮官で戦わざるを得なかったのはラインハルトが政略・戦略的に先手を打っていたためであるのだが)。
ラインハルト・フォン・ローエングラムの「常勝」に対し、「不敗」と評される。現に彼は、テロリズムに倒れたものの、戦場においては生涯敗れることがなかった。
[編集] 人柄
本来は歴史研究家志望で、権力者や戦争、軍に対する嫌悪と、軍人としての自身の存在に懐疑を抱き続け、「矛盾の人」と評されるが、「自由と民主共和制」への思いは変わらず、後世にその萌芽を残す。
安定した人格と包容力の持ち主ではあったが、嫌いな人間に対しては割と意固地で、「温和な表情で辛辣な台詞を吐く」とも言われた。特に権力者や後方にいながら戦争を賛美するような人物に対しては容赦がない。
事有る毎に退役後の「年金」を気にする発言を行っており、作者の田中芳樹はそれを指して「問題児」と称していたが、実際の行動に際して金銭を優先させた例はあまり見られない。作中にも、もし打算を最優先させていたら、ヤンの立場と見識から考えて、間違いなくラインハルトの配下になるだろう、という意味の記述があり、口で言うほど金銭に執着していた訳では無い、という説が有力。ただ、軍人という職業から解放されることを強く望んでいた事、市井の歴史家として悠々自適の生活を送る事に強い憧れを抱いていた事などから、労働を伴う事無く収入を得られる年金という制度に執着していたようである。
部下からの信頼は厚く、本来は敵である帝国側の提督達からも一目置かれ、時に尊敬を思わせる発言を口にする者もいる。その反面、当時の同盟政府、特にトリューニヒト派からは、思想や政権への服従心の無さから危険分子扱いされ、最後には非トリューニヒト派の代表格であったレベロにまで疎まれ、同盟を脱出することにもなった。
家族は当初、被保護者のユリアンと猫だけであったが後に副官であったフレデリカ・グリーンヒルが妻として加わる。フレデリカに対しては赴任してきた後、割と早くから好意を抱いていたようだが、軍人として敵味方を含め多くの人間を死に至らしめている自分が家庭的な幸せを得る事への違和感、二人の年齢差が、その想いを伝えることを躊躇させていたがバーミリオン会戦を前に想いを打ち明けた。その際、フレデリカから自分の両親も年齢差があったことも告げられた。
学生時代はジェシカ・エドワーズに対して好意を寄せている様子が見られたが、親友のラップが同じ想いを感じていると察知し、譲る形で身を引いた。ただし明確には語られていないが、ジェシカの方はむしろヤンに強い想いを感じていた様子が伺える。
大の紅茶党であり、特にブランデー入りの紅茶を好んでいた。また、風邪を引いた時にユリアンが作ったホット・パンチのエピソードから、赤ワインも好んでいる事が窺える。このエピソードの中でヤンはワインの分量を多くするようにと頼んでいることから、酒類も人並み以上には好きであったことが伺える。その証拠に酒類に関する支出は時が経つにつれて増えていたというエピソードもある。逆にコーヒーは嫌いで、かなり否定的な発言も口にしている。ただし例外として、バーミリオン会戦後のラインハルトとの会談の時にエミールが持ってきたコーヒーには口をつけており、またエルファシルでの撤収作戦時においてフレデリカから受け取ったコーヒーはぼやきながらも口を付けている。
三次元チェスを趣味とするが、その腕前は下の中程度。作中で、パトリチェフやブルームハルト、スールには勝てるが、キャゼルヌやユリアンには歯が立たないエピソードが登場する。
帝国領侵攻作戦で戦ったケンプの論評などから、その変わり者ぶりと寛容さは帝国側にも広く知られたと思われるが、特にヒルダは、ヤンの人柄を最も的確に観察していたと思われる(ヤンが同盟からの指示に応じて停戦するだろうこと、ハイネセンから脱出した後の勢力分析の様子など)。
後世の一部の歴史家からは、彼の無用な抵抗によりラインハルトの統一が遅れ、歴史に不必要の混乱と出血を招いたとして厳しく評されている。
ラインハルトは、ヤンが死んだと聞かされた時、それを告げたヒルダが目の前にいるにも関わらず取り乱し、感情を激発させている。この様子から、ラインハルトがヤンに対して、単なる敵将とは言えない思い入れを感じている事が伺える。なお、人格面におけるヤンとラインハルトの共通点としては、私生活が質素であること、図々しい悪びれない人間に対する寛容性などが挙げられる。(バグダッシュ、フェルナー)
ヤンを歴史上或いは物語上の人物にたとえると、三国志の諸葛亮(孔明)であるという意見が多い。これはラインハルトが曹操に相当する役割であるところからも来ている。その一方、意表を突く奇策を考案し敵を翻弄したところは、韓信(劉邦の部将)の影響がうかがえるとの見方もある。
その穏やかで優しい人柄、ユリアンや仲間達に対する語り口、戦争観と歴史観、そして演じた富山敬氏の声などから、今なお銀英伝ファンの間で絶大な人気を誇るキャラである。
[編集] 声優
アニメでヤンの声を担当した声優は3人いる。
なお、富山敬が病に倒れたのは、OVA第三期でヤンの死を演じてまもなくであった。富山の死後、ヤンの死後を描いた第4期(原作第9~10巻)が製作され、回想やユリアンの中のヤンが呼び掛けるシーンなどでヤンの出番があったが当時代役が見つからずナレーションやユリアンのモノローグで処理されている(第3期最終回でユリアンに話しかけるシーンが富山敬の最後の出番であるが、生きていれば第4期でもこのような形で出演していたと思われる)。