マイケル・キャリック
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マイケル・キャリック(Michael Carrick, 1981年7月28日 - )はイギリス出身のサッカー選手。ポジションはミッドフィルダー。
試合中もチームを冷静に評価し、広い視野から試合をコントロールできるイングランド代表期待のゲームメーカー。年齢にそぐわない落ち着いたプレーと高いフィード力があり、さらには破壊力満点のミドルシュートを持つ。球際の弱さが今後の課題。 2005-2006シーズンのアウェイでのアーセナル戦で、めったに見せないドリブルでGKのイェンス・レーマンを含む3人をかわした。
ニューカッスル近郊にあるウォールズエンド・ボーイズクラブ出身で1999年にトップチーム昇格を果たすも経験を積むために下部リーグのクラブへと移る。レンタルでバーミンガム・シティへと移った後ウェストハムへ復帰、ここでようやくFAプレミアリーグデビューを果たす。ちなみにこの時までのポジションはフォワードだったがでボランチへとコンバートされ才能を開花、不動のレギュラーとなる。チームの降格の際も移籍を望まずそのまま1シーズンプレー、プレミアリーグ復帰を目指して奮起した。しかしプレーオフでクリスタル・パレスに敗戦し昇格の望みを絶たれたことによってトッテナム・ホットスパー移籍を決断する。ここでも彼は1年間のブランクを感じさせないプレーで存在感を示した。
2001年に19歳で代表デビューしたがその後は代表から遠ざかるも2005年に復帰を果たしている。
エマニュエル・プティを失ったときのアーセン・ベンゲル現アーセナル監督は「今最も欲しいイングランドのプレーヤーはキャリック」と言っている。また元ウェストハム監督は「彼はグレン・ホドルのようになる」と言っている。
2006-2007シーズンから、マンチェスター・ユナイテッドでプレーすることが決まった。
[編集] 所属チーム
- ウェストハム・ユナイテッド(イングランド) 1998-1999、2000-2004
- スウィンドン・タウン(イングランド) 1999
- バーミンガム・シティ(イングランド) 2000
- トッテナム・ホットスパー(イングランド) 2004-2006
- マンチェスター・ユナイテッド(イングランド)2006-
マンチェスター・ユナイテッド - 2006-2007 |
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