ブラシノステロイド
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ブラシノステロイド (brassinosteroid) は植物ホルモンの一種。ステロイド骨格をもつ化合物の一群である。植物体全身の伸長成長、細胞分裂と増殖、種子の発芽などを促進する。またストレス耐性を誘導するが、これらの作用のほとんどは他の植物ホルモンと関連してはたらくものが多い。略称 BR。
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[編集] 発見の歴史
- 1970年にミッチェル (Mitchell) らは花粉にはインゲンマメ幼体の成長促進作用があることに注目し、アブラナの花粉40キログラムからその活性物質として2ミリグラムのブラシノライドを単離した。ブラシノライドはアブラナの学名 Brassica napus に由来する。
- 1968年に丸茂らはイスノキの虫こぶや葉にはイネの葉を屈曲させる活性があり、原因物質として3種類の成分を分離した。当時の精製技術、機器の性能では構造決定は出来なかったものの、後にこれらの成分はブラシノライド同族体の混合物であることが確認された。
- 1982年にはクリの虫こぶからもカスタステロン(クリの学名 Castanea crenata に由来)が単離され、それに続いて多数の類縁体が単離された。
- 1996年頃から生合成経路や遺伝子の欠損株が発見され、ブラシノステロイドが植物ホルモンの1つとして広く認められるようになった。
[編集] 植物体内での合成・分布
ブラシノステロイドはステロールから合成される。植物ではステロールはメバロン酸からスクワレン、スクワレンオキシド、シクロアルテノールの順に合成され、このシクロアルテノールからさらに植物の主要なステロールであるシトステロール、カンペステロールおよびスチグマステロールが合成される。ブラシノライドはこのうち主にカンペステロールから合成される。カンペステロールは4段階の反応後に 5α-カンペスタノールに変換され、さらにカスタステロンまで変換されるが、この時B環のC6位の酸化が最初の反応で起きるか最後の反応で起きるかの2つの反応経路が存在する。このようにして合成されたカスタステロンが酸化されることでブラシノライドが合成される。
ブラシノステロイドは蘚苔類、藻類を含む数々の植物で確認されているものの糸状菌や細菌では発見されていない。植物体内での分布は他の植物ホルモンと同様に花粉や種子に多いがそれ以外のほとんど全ての部位にも存在している。葉に処理した場合の移動がなく、局所的に突然変異を起こした欠損株では正常部位と変異部位が混在することから、組織から組織への移動はせずに合成部位の近くではたらいているとされる。しかしその一方で根から吸収させた場合茎頂に向かって移動することが確認されており、ブラシノステロイドの移動に関しては研究課題が残っている。
[編集] 効果
ブラシノステロイドの生理作用はブラシノライド発見以前から盛んに研究されていた。現在では40以上のブラシノステロイドが発見されており、このうちもっとも強い活性を持っているのがブラシノライドである。伸長成長、細胞分裂、分化などの正の成長調節作用、耐ストレス作用があるが、植物にとって良好な環境下ではこのような作用は不明瞭且つ不安定であり、むしろ不良環境下や成長中の若い組織で顕著に現れる。また、他の植物ホルモンと類似した効果を示すことが多く、オーキシンやサイトカイニンと協奏的にはたらくことが多い。
具体的な作用を以下に示す。
- 伸長成長促進
- 細胞分裂促進 — 細胞伸長と同時に細胞分裂も促進する。この作用はオーキシンやサイトカイニンの存在下で増強される。その一方でニンジンやタバコでは細胞伸長を促進するが分裂は阻害するなどの例外がある。
- 分化促進 — 葉肉細胞から道管、仮道管への分化を促進する。分化の前期ではオーキシン、サイトカイニンが作用し脱分化が起こり、続いてブラシノステロイドによって細胞死の促進が起こり、最終的に空洞の道管細胞が出来る。
- エチレン合成促進 — エチレン生合成経路において重要なACC合成遺伝子を活性化させることによりエチレン合成を促進する。
- 発芽促進 — 種子の発芽率を上昇させるが、この作用はアブシジン酸のもつ発芽阻害と拮抗していると考えられている。また、光による発芽阻害も解除する。
- ストレス耐性付加 — 病害、塩、温度、金属など様々な環境ストレスへの耐性を付加する。ブラシノステロイドはエチレンやジャスモン酸の生合成に関する酵素の発現にも関与しているため、ストレス耐性にはこれらの「ストレスホルモン」が関与している可能性がある。
- その他の作用 — 花粉管の伸長を促進する、暗所で発芽した幼体の形態形成(欠損株では明所で発芽したように子葉が拡大し、第一葉芽も形成される)などの作用がある。