ナショナリズム
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ナショナリズム(Nationalism)とは、文脈により多様に使い分けられており、その一義的な定義は困難であるが、基本としては、政治的な単位と文化的あるいは「民族」的な単位を一致させようとする思想や運動をさす。
「国民主義」、「民族主義」、「国家主義」などと訳し分けられる場合もある。
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[編集] ナショナリズムの多義性
このように「ナショナリズム」という語が多義化する理由は、「ネイション」(nation)という語が、各時代・地域において様々に解釈されることを一因とする。フランス革命後のフランスでは「ネイション」とは近代市民社会の普遍的諸理念を共有する個人・市民によって構成される共同体として考えられるが、一方でナポレオンの侵攻によって「ナショナリズム」に覚醒するドイツでは、「ネイション」とは固有の言語や歴史を共有する民族共同体として考えられる。あえて単純化すれば、前者は「国民≠民族」であり「民族主義」という訳語が必ずしも正確とはいえないが、後者は「国民=民族」であり「民族主義」という訳語に近いともいえよう。
さらに、ナショナリズムが高揚した19世紀においては、「国民主義」であれ「民族主義」であれ、自由意志を持つ個人が構成員であることを前提としていたが、20世紀前半に大衆社会へと突入すると、自らの自由に耐えかねて権威に盲従する大衆が出現する中で、ファシズム政権が彼らを妄信的に「ナショナリズム」へと駆り立てさせた。そして、時には国家の構成員である国民一人一人の権利を抑圧することすらも受容させていくことになった。こうした類の「ナショナリズム」を「国家主義」と訳出することもある。
[編集] 「ネイション」概念の変遷
詳細は国民を参照。
古代ローマ帝国において用いられていた、「生まれ」を意味するラテン語「natio」(動詞「natum」から派生)が、ネイションの語源となる。この「natio」という概念は、本来的には国家と結びつくものではなく、むしろローマ帝国期には「よそ者」というニュアンスで用いられた。中世ヨーロッパにおいても、この語によって想起されるのは宗教会議などに集まる同郷集団であり、やはり国家との結びつきがあったわけではない。ネイションと国家が結びつけられるのは、ヨーロッパにおいて主権国家体制が確立する17世紀頃だと考えられる。17世紀のイギリス革命においては、「ネイション」の概念は聖職者やある特定の集団のみを指し示すのではなく、幅広い人民を包含するようになった。ただし、フランス「絶対王政」の下では、主権者である国王に対する臣民としてネイションが理解されていた。この場合、ネイションと国家が結びついているが、あくまでも身分制社会の枠組みの中でのものであり、ネイションや国家を構成する一人一人が人権を有する対等な存在にはなっていない。1789年に勃発するフランス革命は、フランスにおける国民国家形成の契機となった。すなわち、身分制社会が否定され、近代市民社会の諸権利が保障される中で、基本的人権という普遍的な権利を持つ一人一人が対等な形でネイション、そして国家を構成する時代へと突入した。そのネイションという共同体が、ある普遍的な理念に基づいて形成されるものなのか、それとも歴史・伝統に根ざした民族に基づくものなのか、それとも他の新たな観点から説明できるものなのか、これらが錯綜してナショナリズムの定義を難しくさせているのが現状である。
[編集] ナショナリズムの「起源」
ナショナリズムの「起源」をめぐっては、大きく二つの見解が挙げられる。ひとつは、ナショナリズムは近代に生じた現象であり、その「起源」を近代以前にさかのぼって求めることはできないとする考え方(近代主義)である。もうひとつは、近代のナショナリズムを成立させるための「起源」が古代より継承されているとする考え方(原初主義)である。アーネスト・ゲルナー、ベネディクト・アンダーソンらは前者の代表的な学者として知られる。前者は前近代においては階級・職業・言語・地理的要因などにより「国民」は分断されており、包括的な共属感情は存在していなかったことを指摘し、後者はカエサルに対し団結し抵抗したガリア人など、ナショナリズムに類似した現象が存在したと主張した。両者の主張を統合し、新たな包括的な視座を提示したのがアントニー・D・スミスである。スミスはエスニックな共同体である「エトニ」という概念を導入し、近代のネイションと近代以前でも存在したエトニを区別するとともにその連続性を説いた。この連続性に関するスミスの主張は、「ネイションは完全に近代の発明である」というゲルナー、アンダーソン、ホブズボームらの見解に反している。しかし同時にスミスは、過去に存在したエトニが現在まで間断なく存在し続けたとは限らず、またエトニとネイションの水平的な広がりも一致しないとして原初主義をも否定している。
[編集] 読書案内
- アーネスト・ゲルナー『民族とナショナリズム』加藤節監訳、岩波書店、2000年
- アンソニー・D・スミス『ネイションとエスニシティ-歴史社会学的考察』巣山靖司他訳、名古屋大学出版会、1999年
- ベネディクト・アンダーソン『想像の共同体-ナショナリズムの起源と流行』白石隆・白石さや訳、NTT出版、1997年(増補版)
- エリック・J・ホブズボーム『ナショナリズムの歴史と現在』浜林正夫他訳、大月書店、2001年
[編集] 関連項目
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