オーストロネシア語族
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オーストロネシア語族(langues austronésiennes)は台湾から東南アジア島嶼部、マダガスカル、南太平洋に広がる言語群である。かってはマレー・ポリネシア語族と呼ばれていたが、台湾原住民諸語との類縁性が証明され、語族の概念が拡大した。日本語では南島語族とも訳される。オーストロネシア語族の諸言語のうち、台湾原住民の諸語が言語学的にもっとも古い形を保っており、考古学的な証拠と併せて、オーストロネシア語族は台湾からフィリピン、インドネシア、マレー半島と南下し、西暦5世紀にインド洋を越えてマダガスカル島に達し、さらに東の南太平洋の島々に拡散したとされる。ただしパプア・ニューギニアの大部分とオーストラリアの原住民の言語は含まない。
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[編集] 概要
オーストロネシア語族は1,000近い言語から構成され、地域的にも西はマダガスカル島から東はイースター島まで、北はハワイから南はニュージーランドまでと拡散しているが、各言語間の類縁性はきわめて高く、言語学的な概念として確立している。
話者が最も多いのはインドネシアで、この国の国語と定められているバハサ・インドネシアはマレー語をもとにして人工的に作られた言語であるが、各地域にはジャワ語、スンダ語、マドゥラ語、ミナンカバウ語、バリ語、ブギス語、マカッサル語、アチェ語などが分立し、バハサ・インドネシアはこれらマレー系諸言語の共通語として生まれた。マレー語がインドネシアの共通語となった歴史的背景としては15世紀から16世紀初頭にかけてマレー半島南岸に繁栄したマラッカ王国の影響が挙げられる。マラッカ王国からイスラームが広がり、その言語が商業用語としても広く用いられたからである。マレーシアの国語はバハサ・マレーシアといい、マレー語を基礎とするものだが、バハサ・マレーシアとバハサ・インドネシアは90%共通する。
フィリピンの共通語はルソン島南部のマレー系言語であるタガログ語だが、フィリピンも各地域にセブ語、イロコス語、パンガシナン語などマレー系言語が分立している。マレー系言語はインドシナ半島にも分布する。古くからチャンパ王国を建国したチャム族の言語チャム語である。チャンパ王国はベトナムに滅ぼされたが、民族としてのチャム族はベトナム中部からカンボジアに今も存続している。
アフリカ東部のマダガスカルにまでマレー系言語が分布しているのは驚くべきことだが、これは全く海洋民族であるマレー系民族の移住によるものである。距離が遠く離れているにもかかわらず、マダガスカル語(マラガシー)とマレー語との言語学的な親縁関係は強いとされる。マダガスカルのマレー系民族は人種的にはアフリカ黒人のバンツー民族と混血していて、言語にもその影響が見られる。 オーストロネシア語族の祖形を残す台湾原住民(中国語では高山族、日本語では高砂族)諸部族の言語はアタヤル語群、ツオウ語群、パイワン語群に大別され、このうちパイワン語群に属するアミ語の話者が10万人前後と最も多く、その他の言語の話者は数千人以下である。現代の台湾では中国語の影響が強く、原住民言語は消滅する傾向がある。
南太平洋のオーストロネシア語族はメラネシア系とポリネシア系に大別される。メラネシア系は中部太平洋のソロモン諸島、ニューヘブリディーズ諸島(バヌアツ)、フィジーなどに分布し、ポリネシア系はアメリカ合衆国のハワイ諸島、チリのイースター島、サモア、トンガ、ニュージーランドに分布する。ニュージーランドのポリネシア系原住民マオリ族の言語がオストロネシア語族の南限となる。
[編集] 分類
言語学的な分類は言語学者によって諸説あり、どれが正しいともいえないが、ここでは一応有力な分類を紹介しておく。
オーストロネシア語族はアタヤル語群、ツオウ語群、パイワン語群、マレー・ポリネシア語群に大別される。狭い台湾の原住民諸言語が3語群を占める。これは台湾原住民諸部族がお互いに無関係に古い言語を保持してきたためと考えられる。残りはすべてマレー・ポリネシア語群に属し、西マレー・ポリネシア系と中東部マレー・ポリネシア系に分かれる。西部系はフィリピンの諸言語とセレベス、ボルネオ、スンダの諸言語が所属する。マレー語やチャム語はスンダ語系に属する。中東部系は中部系と東部系に別れ、中部系はインドネシアのマルク諸島の言語である。南部系はニューギニア西北部の言語と海洋系に分れ、メラネシアやポリネシアの諸言語は海洋系に所属する。
- (出典:Merritt Ruhlen:A Guide to the World Languages, Vol 1, Stanford University Press)
[編集] 特徴
これらの言語には非常に多様性があり、一般化は難しいが、およそ次のようなことが言える。
- 音韻論的には比較的単純であり、子音+母音(一部は末尾子音を含む)からなる音節を基本とする。
- 接辞(接頭辞、接尾辞、接中辞)が単語の派生あるいは文法的機能に関わる。特に単語の内部に挿入される接中辞が特徴的である(現在はこれらの接辞が化石化した言語も多い)。また畳語がよく用いられる。
- 統語的性質からはほぼ3つのグループに分けられる。そのうちの1つ(フィリピン・グループ)は、動詞が文頭に来る語順が基本であり、また格・態の用い方に関して部分的に能格言語的な性格を示す。
[編集] 日本語との関連
日本語の文法は北方系のアルタイ語族との類縁性が高いが、母音の強い音韻体系はオーストロネシア語族との類縁性が高い(ただしオーストロネシア語族では元来あった語尾の子音が脱落して開音節化した言語が多いと考えられ、いっぽう北方でも満州語などのように母音の多い言語もある)。また一部の単語のオーストロネシア起源も指摘されている。日本語のこのような特徴はシベリアから樺太経由で南下した言語集団と南方系の言語集団が縄文時代に日本列島で出会い、混交したからであるとする説が有力である。詳しくは日本語の起源を参照。