Y染色体
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Y染色体(わいせんしょくたい)は性染色体の一つ。一般的に動物の性にはオスとメスがあり、オスの性染色体がヘテロ接合である場合、オス特有の性染色体をY染色体と呼ぶ。Y染色体はX染色体から多数の組替えを経て派生したものであると考えられている。
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[編集] ヒトのY染色体
ヒトのY染色体は男性のみが持つ染色体である。そのサイズはおよそ25メガbpであり、うち、チミンが30.35%、アデニンが29.92%、グアニンが19.91%、シトシンが19.82%と、かなり偏っている。これをATリッチである、という。アンプリコン配列と呼ばれる繰り返し配列が非常に多いため、Y染色体の配列を決定するのは困難を極めた。この配列を含む領域のことは、キナクリンという蛍光染色料でよく染まるのでキナクリン染色領域といったり、有効な遺伝子が存在しないので遺伝子砂漠と呼ばれている。
ちなみにY染色体上の遺伝子数は78、X染色体上の遺伝子数は1,098である。(この数値については資料によって異なることがある。詳しくは、染色体を参照。)
[編集] 染色体の交差
ヒトY染色体は他の染色体に比べて遺伝子の密度が極端に低い。もっとも高い19番染色体が1メガbpあたり23遺伝子なのに対しY染色体と13番染色体は5遺伝子である。X染色体およびY染色体は他の常染色体と異なり2つで対になっていないため、組換えが起こりにくい。しかしY染色体は回文配列を多く含むため、同一染色体内部で高い頻度の組み換えを起こすことが可能である。1人の男性につき約600塩基がY染色体内部で組みかえられている。
短腕末端部にX染色体の短腕末端部と99%以上相同性のある部分があり、精子形成時に頻繁に交差が起きる。この部分を偽常染色体領域 (PAR) と呼ぶ。このPARのすぐそばにある遺伝子SRY (sex-determining region Y) が、性の決定をつかさどる遺伝子である。そのため、時に交差によってX染色体にこの遺伝子が移ってしまい、XYなのに女性であったりXXなのに男性である現象が起きる。この場合、性機能は損なわれていないことが多い。SRYはHMGボックスと呼ばれるDNA結合ドメインを持っているので、おそらくDNAに結合することで他の遺伝子の発現を制御しているものと思われる。
MSY (male specific regions of Y chromosome) は両脇を頻繁にX染色体と交差する偽常染色体領域に挟まれている。Y染色体全体の95%を占める領域で、X染色体と交差しない。Y染色体上の既知のすべての転写単位はMSYの中にある。
[編集] 性決定
Y染色体にはSRY遺伝子と言う性決定遺伝子が含まれており、これが男性の精巣形成および精巣で作られた男性ホルモンによる男性器形成に関わっている。このように、Y染色体が男性の性決定に重要な役割を果たしていること(正確にはY染色体ではなくSRY遺伝子が性決定に重要な役割を果たす)は「Y染色体は男性だけが持つ染色体」ということからも分かる。
これらのことは、もともと女性を形成しようとする受精卵(←女性の性決定遺伝子は無いことから分かる)にSRY遺伝子が作用することで、精巣を作ろうとすることによるもの。とはいえ、卵巣が精巣に姿を変えるのではなく、卵巣や精巣になる前の段階のものが精巣になる。
[編集] 男女差
女性がX染色体を2本持つことによって男女差が発生するのと同じように、男性がY染色体を持つことによる男女差も発生する。その代表的な例が身長差である。X染色体とY染色体にはどちらにもSHOX遺伝子と呼ばれる身長伸長タンパク質が含まれているが、そのほかにY染色体にはY成長遺伝子という物を持っている。これによって平均身長の男女差約13cmのうち9cmは論理的に説明できる。
また、伴性遺伝による疾患は女性よりも男性に表れやすいが、これも染色体の交叉によって説明できる。 つまり、性染色体以外の染色体は、1セットが父親由来でもう1セットが母親由来の染色体となり、両者が交叉することによって子には新しい染色体が伝えられる。子供には父親の遺伝子XとYのうち片方と母親の遺伝子XとXのうち片方が遺伝し、その組み合わせがXYなら男性、XXなら女性が生まれる。男性にはX染色体が1本しかないため、親から受け継いだX染色体による疾患が現れやすくなっているのである。なお、伴性遺伝による疾患として有名な血友病や色覚異常などには軽重の度合いがあり、これらの患者であっても健常者と変わらぬ生活を送っている人も多いことを付記しておく。
[編集] 参考文献
- 諸橋憲一郎 他「性を決めるカラクリ,『X・Y染色体』」、『Newton』2006年2月号、2006年、38-53頁