黄金餅
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
『黄金餅』(こがねもち)は、古典落語の演目である。自分の死後に財産が他人に渡るのを嫌がる僧侶と、その財産を奪おうと企む男を通して人間の深い欲望を描いた、珠玉のブラックコメディである。七代目立川談志、五代目古今亭志ん生の十八番。
注意 : 以降に、作品の結末など核心部分が記述されています。
[編集] 物語
下谷の僧侶・西念(さいねん)は、寺を持たずに長屋で貧しい生活を送っていた。西念は風邪に感染して体調を崩し、寝込んでしまう。長屋の隣りの部屋に住んでいる金兵衛(きんべい)が西念を看病する事になった。何か食べたい物はあるかと金兵衛が尋ねると、餡子入りの餅が食べたいと答える。
金兵衛が大量の餡子餅を購入して西念の部屋に届けると、人の居る前で食事をするのは好きでないと言って金兵衛を帰宅させる。何か不思議に思った金兵衛は自分の部屋の壁穴から西念の部屋を覗いてみた。西念は密かに蓄えておいた大量の硬貨を取り出した。その硬貨を餅で一つずつ包み、口に入れて丸飲みしていく。
全ての硬貨を飲み終えた西念は、苦しそうに呻き声をあげる。驚いた金兵衛は西念の部屋に入り餅を吐き出すように勧めるが、西念は決して口を開かず、そのまま死亡する。金兵衛は突然の出来事に戸惑いつつも、何とか西念の腹中の硬貨を自分の物にしてしまいたいとの欲望を抑えられない。
西念の葬儀が寺で行われる。金兵衛は葬儀の出席者の長屋の住人や家主と別れ、西念の遺体を入れた樽を荷車で引いて火葬場へ急ぐ。今は夜だから翌朝に火葬すると火葬場の職員は説明するが、金兵衛は職員を脅して即座に火葬させる。腹部は生焼けにするよう強く念を押し、金兵衛は火葬場を出る。
翌朝、金兵衛は火葬済みの遺体を引き取りに行く。職員を離れさせ、用意した包丁で遺体の生焼けの腹部を切開する。中を探ると、胃の中には損傷を免れた大量の硬貨が入っていた。金兵衛は喜んで全ての硬貨を自分の懐中に収める。目当ての硬貨を手に入れたので、残った遺骨に用は無かった。戸惑う職員と遺骨を置いて、金兵衛は嬉々として火葬場を飛び出した。
金兵衛は手に入れた大金を資金にして、目黒に餅店を開いた。商売は大成功し、店の餅は黄金餅と呼ばれ江戸の名物となった。
[編集] 欲望の深さ
寺も持たず長屋で貧しく暮らしているはずの西念は、実は大量の金を蓄えていた。何か大きな買い物を目的として貯蓄していたのではなく、貯蓄そのものを目的化し、生きがいにしていた。使うのが余りに惜しくて必要な時に金を使わず、最早貯蓄の意義すら分からない。
更には、せっかく貯めた大金が自分の死後に人の物になってしまうのを断固として嫌がり、自分の腹の中に無理矢理収める。三途川の渡し舟に乗る際に乗り賃が必要だからと死者の棺桶に少量の金を納める風習があるが、それとは関係無い。西念は、ただただ強欲なのだ。
吝嗇家の最期を馬鹿馬鹿しく描いているが、その中に人間の底の無い欲望の深さがリアルに浮かぶ、滑稽さと哀れさが同居する物語である。
[編集] 悪事
金兵衛は死者が残した大金を勝手に奪い、それを資金にして大成功を収めてしまう。悪事を働いて出世する話とも言える。童話や民話や説話では、この様な結末は有り得ない。「他人の物を勝手に奪ったが為に罰を食らう」、「悪事を働けば罰を食らう」との教訓を伝える結末が多い。
金兵衛は決して悪人ではない。その異常ではない人間が、罪悪感を微塵も感じずに無邪気に楽しそうに死者から金を奪った。本作は人間が持つ拭えない嫌らしさ、矮小さを描いている。