遺伝的組換え
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遺伝的組換え(いでんてきくみかえ)は、親の持っていた複数の遺伝子における対立遺伝子の組み合わせ(ハプロタイプ)が、子においては混ぜ合わされて変化している遺伝学的な現象である。
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[編集] 染色体レベルの組換え
広い意味では、独立した染色体の間のランダムな混ぜ合わせ(メンデルの独立の法則に従う;インフルエンザウイルスの"組換え"も同じ)も組換えという。しかし、普通は染色体内での乗換えの結果生じるものを指していう。乗換えと同義語のように使うこともあるが、正確には乗換えとは染色体の変化として直接観察される現象をいう。
[編集] 組み換え価
同じ染色体上にある二組の対立遺伝子間で組み換えが起こる確率を組み替え価と言う。組み換え価は、染色体上の距離に比例する。これは、車で長い距離を走れば走るほど単純に事故に遭遇する確率が高くなるのと同じである。
組み換え価(%)をl、組み替えの起こった配偶子数をm、全ての配偶子数をnと置くと、組み換え価は以下の式で求められる。
組み換え価l=0%のときを完全連鎖、0%<l<50%のときを不完全連鎖、l=50%のときを独立という。染色体の乗り換えは、二本の染色体間のみで起こり、他の染色体間では起こらない。したがって、定義上組み換え価が50%を超える事は有り得ない。
[編集] DNAレベルの組換え
分子生物学では、連続したDNA分子の中のある部分が切断と再結合により他のDNA分子の一部と混ぜ合わされることを組換えという。上記の染色体内での組換えはこのDNAの組換えによるものであるが、DNAの組換えには、他にもいろいろなタイプがある。
なお分子生物学あるいはバイオテクノロジーの基礎技術である人工的なDNA組換え(遺伝子組換えあるいは遺伝子工学)も組換えと呼ばれるが、仕組みは異なる。
[編集] 相同組換え
染色体の組換えは普通、相同性のあるDNAの間で行われる。これを相同組換えという。
減数分裂の過程で染色体の乗換えに伴うのが普通であるが、体細胞分裂での乗換えに伴うものもある。
相同組換えであっても、染色体の別の位置(染色体レベルでは相同でない)の間で組換えが起これば、座位の数が変化する。その範囲に遺伝子が含まれていれば、遺伝子の重複または欠失につながる。これを不等組換えといい、不等乗換えに当たる。
これらの相同性があるDNA配列の間での組換え反応(相同組換え)を触媒するのは、組換え酵素(リコンビナーゼ)と呼ばれる酵素であり、この反応は損傷したDNA分子の修復にも必要である。
大腸菌のリコンビナーゼであるRecAはDNAの二本鎖切断(DSBs)の修復に関与している。
酵母やその他の真核生物ではDSBs修復に必要な2種のリコンビナーゼがある。そのうちRad51タンパク質は体細胞分裂および減数分裂での組換えに必要である。もう一つのDmc1タンパク質は減数分裂に特異的である。
リコンビナーゼはDNA二重らせんの一方の鎖を切断し、そちらの鎖を相補鎖から引き離して、相同な染色分体の一方の鎖に対合させる。次に初めのDNAのもう一方の鎖にも切断が入れられ、これが残りの鎖に対合する。これがホリデイ・ジャンクションと呼ばれる十字形の構造である。この構造がDNAの鎖に沿って移動し、組換えが進行する。
[編集] 他のタイプの組換え
[編集] 部位特異的組換え
バクテリオファージ(ファージ)による部位特異的組換えでは、ファージのDNAが乗換えと似た方法で、宿主である細菌の染色体DNAに組み込まれる。ファージDNAの部分配列が標的DNAのそれと完全に一致すると、インテグラーゼと呼ばれる特殊な組換え酵素がファージDNAを標的に組み込む。このようにファージDNAが染色体に組み込まれた状態をプロファージという。
[編集] 非相同組換え
以上と異なり、相同性のないDNA配列の間での組換え(非相同組換え)もある。プロファージDNAが染色体から抜け出す(切り出されて新しいファージを作る)際にこれが起きることがあり、この場合には宿主の遺伝子を含んだファージ(形質導入ファージ)ができる。
[編集] 転位組換え
これは、トランスポゾンの転位(トランスポジション、染色体の別の座位に移動すること)に伴う組換えである。部位特異的組換えではあるが、非相同組換えである。すなわちトランスポゾンのDNAに標的DNAと合う配列が必要ない。代わりにインテグラーゼが両方のDNAに切れ目を入れ、トランスポゾンDNAを標的に入れる。その後切れ目はDNAリガーゼにより修復される。
レトロウイルスがこのような過程で宿主の遺伝子を取り込むことがあり、がん遺伝子はこの現象によって発見された。
[編集] 体細胞における組換え
体細胞では、染色体の乗換えに伴う組換えとして、無性生殖する生物におけるものがある。
またDNA損傷が完全に修復されないまま細胞分裂を経た場合に起きる姉妹染色分体交換(Sister chromatid exchange:SCE)なども知られる。
そのほかに生理的に起きる組換えも知られており、代表的なものがリンパ球のB細胞における免疫グロブリン(抗体)遺伝子や、T細胞受容体遺伝子におけるである。これは抗体や免疫反応における機能的多様性に必須の過程である。