転写 (言語学)
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転写(てんしゃ、transcription)とは言語学において、言語の音声を一定の規則に基づいて文字表記することをいう。すなわち「音声→文字」の過程を指すのであり、「文字→文字」の過程である「翻字(transliteration)」と対を成す概念である。ただし、「転写」という言葉がtransliterationの意味で使われることもあり、transcriptionであることを明示する訳語としては「音訳」、「音声表記」、「音声転写」等がある。
転写には音韻的な転写と音声的な転写の二種類が存在する。例えば、朝鮮語「바보」(馬鹿)における最初の「ㅂ」は[p]、二つ目の「ㅂ」は[b]として発音されるが、音韻論的には単一の音素/p/の条件異音である。よって、音韻に基づいた転写では/papo/となり、音声に基づいた転写では[pabo]となる。(言語学においては音韻に基づいた転写を/~/で括り、音声に基づいた転写を[~]で括るのが一般的である。)
上記二つの転写は一長一短があり、どちらが優れているとは言いがたい。音韻に基づいた転写は限られた文字セットのみで言語の音声を記述することができるが、そのためには当該言語の音韻に関する知識が必要となる。一方で、音声に基づいた転写は音韻に関する知識なしに可能であるが、完璧に表記しようとすると無数の文字が必要となる。
音韻的な転写は一つの音素に一つ(または複数)の文字を対応させるため精密とならざるをえないが、音声的な転写はIPAのような音声記号による精密なものから、カタカナなどによる非精密なものまで存在する。たとえば英語「right」、「light」をカタカナで転写する場合、共に「ライト」になるが、これは音韻としても音声としても異なる「r」と「l」の違いを示すことのできない非精密音声転写である。