質量分析法
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質量分析法(しつりょうぶんせきほう、Mass Spectrometry)とは、試料の質量電荷比(質量を電荷の数で割った値)を求めるときに使用される分析法である。
高電圧をかけた真空中で試料をイオン化すると、静電力によって試料は装置内を飛行する。飛行しているイオンを電気的・磁気的な作用等により質量電荷比に応じて分離し、その後それぞれを検出することで、質量電荷比を横軸、検出強度を縦軸とするマススペクトルを得ることができる。
質量分析では、試料分子が正または負の電荷を1つだけ持ったイオンの他、2価以上に荷電した多価イオン、イオン化の過程、あるいは装置を飛行中に解離したイオン(フラグメントイオン、かつては娘イオンとも呼ばれたが現在この呼称は推奨されない)、あるいは試料同士が会合した会合イオンなどが生成する。また、通常では分子は同位体元素を含んでおり、それぞれのピークはこれに由来する分子固有の分布をもって現れる。
マススペクトルはこれらの情報が全て含まれているため、場合によってはかなり複雑なスペクトルとなる。したがって、未知物質のマススペクトルを帰属することは容易ではない。 逆に、この豊富な情報量は、既知物質の同定や未知物質の構造決定にはきわめて強力な手段となるため、有機化学や生化学の分野で非常に多用され、また重要な分析法となっている。
質量分析法はしばしば MS と略記される。日本語では MS とかいて慣用的に「マス」と読むことも多いが、日本質量分析学会では国際的に通じる読み方である「エムエス」を推奨している。[1]
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[編集] 装置構成
質量分析をする為の機器を質量分析計と呼ぶ。試料導入部、イオン源、分析部、イオン検出部そしてデータ処理部から構成される。
[編集] 試料導入部
試料を装置内に導入する部位。試料が気体または揮発性物質であるか、あるいは液体、固体もしくは非揮発性物質であるかにより導入法は異なる。また、質量分析計を HPLC や GC に直結し、移動相を導入することも可能である(それぞれ LC/MS (エルシーエムエス)および GC/MS (ジーシーエムエス)と略称される)。(カラム管を接続せずに)オートサンプラーと LC/MS とを組み合わせると試料導入をオートメーション化できるので、処理効率が問題となる場合には試料導入部の機能・構成も重要である。
[編集] イオン源
試料物質に何らかの作用を行って電荷を持たせる部位。目的に応じて、EI法、CI法、FD法、FAB法、MALDI法、ESI法など、様々な手法が開発されている。
- EI(Electron Ionization、電子イオン化)法は、試料分子、あるいは原子に熱したフィラメントから放出される熱電子を衝突させることでイオン化する方法である。主に1価の正イオンが生成するが、多価イオンの生成も確認される。最も簡単なため気体試料のイオン化法として広く普及しているが、試料がフラグメンテーションしやすいため得られるマススペクトルは複雑になる。
- CI(Chemical Ionization、化学イオン化)法は、何らかのガス(メタンなど)を予め EI 法でイオン化しておき、ここに気体試料を導入することで試料分子と予めイオン化したガス分子の間で電荷交換反応を起こし、イオン化する方法である。EI 法にくらべてフラグメンテーションが起こりにくい。
- FD(Field Desorption、電界脱離)法は、試料をひげ状電極(ウィスカー)に塗布し、これを加熱して電圧をかけることで電極先端近傍に高電場を生じさせ、トンネル効果を利用してイオン化する。フラグメントが起こりにくいが、試料は揮発性があるものに限られる。
- FAB(Fast Atom Bombardment、高速原子衝突)法は、試料をマトリックス(グリセリンなど)に混ぜ、ここに高速で中性原子(Ar, Xeなど)を衝突させることでイオン化する方法である。試料を気化する必要が無いため、広範囲の物質に使用できる。
- MALDI(Matrix Assisted Laser Desorption Ionization、マトリックス支援レーザー脱離イオン化)法は、試料をマトリックス(芳香族有機化合物など)中に混ぜて結晶を作り、これにレーザーを照射することでイオン化する方法である。タンパク質などの高分子化合物であっても安定にイオン化することができる。
- ESI(ElectroSpray Ionization、エレクトロスプレーイオン化)法は、大気圧イオン化(API)法の一種。試料を溶媒に溶かして高電圧をかけたキャピラリーに導入・噴霧し帯電液滴を形成させ、更にここから溶媒分子を蒸発させることで液滴表面の電荷が表面張力に打ち勝ち液滴が分裂する。これを繰り返していき、最終的にイオンを生成する方法である。MALDI と同じく、高分子量化合物のイオン化に特に優れた特性(多価イオンを生じやすい)を示す。キャピラリーをヒーターにより加熱し噴霧するAPCI法とは異なるが、市販の装置ではイオン化部の交換のみで本体は共用できる場合が多い。もっともソフトなイオン化法の1つである。
他にも、ペニングイオン化を利用したDART法や、気相試料にリチウムイオンを付着させるイオン付着法(IA)などの方法が考案されている。
[編集] 分析部
イオン化された試料を分離する部位であり、質量電荷比の近いピークを区別する能力(質量分解能)と測定可能質量範囲の二つの要素が重要である。要求される特性によって、磁場偏向型、四重極型、イオントラップ型、飛行時間型、フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴型などの方法が使い分けられる。
- 磁場偏向型は、イオンを磁場中に通し、その際に受けるローレンツ力による飛行経路の変化を利用する分析法である。二重収束型は磁場偏向型の一種で、磁場と電場の両方にイオンを通すことでイオンの初期角度の拡がりと初期エネルギーの拡がりを収束させる(二重収束)ことができるため、高分解能測定が可能になる。小数点以下4桁の高分解能が得られるため、ミリマス測定が可能。
- 四重極型 (Quadrupole, Q) は、イオンを4本の電極内に通し、電極に高周波電圧を印加することで試料に摂動をかけ、目的とするイオンのみを通過させる分析法である。イオンビームが通過中に電圧を変化させることで通過できるイオンの質量電荷比が変化し,マススペクトルを得ることができる。小型で比較的安価であり、また高速走査ができるため LC/MS などに適している。一方、質量走査範囲が狭く、また分解能もあまり良くないのが欠点である。
- イオントラップ型は、イオンを電極からなるトラップ室に保持し、この電位を変化させることで選択的にイオンを放出することで分離を行う。比較的安価で分解能も高いが、定量性の低さが欠点である。
- 飛行時間型 (Time-of-Flight, TOF) は、イオン化した試料をパルス的に加速し、検出器に到達するまでの時間差を検出する。すなわち、イオンが受け取るエネルギーは電荷量が等しければ一定であるため、質量電荷比が大きいものほど飛行速度が遅くなり、検出器に到達するまで時間がかかる。この時間差を検出することで質量を割り出すことができる。原理上測定可能な質量範囲に制限がなく、また高感度である。
- フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴型 (Fourier-Transform Ion Cyclotron Resonance, FT-ICR) は、イオンを静電場と静磁場のかかったセルに導入し、イオン運動を励起するための高周波電圧を印加してイオンの周回周期を検出し、サイクロトロン条件から質量を算出するものである。極めて高分解能でありミリマス測定が可能であるが、価格が高い。
- タンデム型は、上記の分析法を複数組み合わせる方法である(イオントラップと FT-ICR は単一の装置でタンデム質量分析が可能)。まず第一の分析計で特定のイオンだけを取り出し、これを何らかの手段で解裂させ、生じたフラグメントイオンを第二の質量計で分析する。試料が混合物の時や生体分子の構造解析などに利用される。一般に MS/MS (マスマスあるいはエムエスエムエス)と呼びあらわす。
以上の「イオン源」と「分析計」の間にはかなりの相性がある。特に MALDI-TOF の組み合わせは有名で、よく用いられている。
[編集] 検出部
分析部で選別されたイオンを電子増倍管やマイクロチャンネルプレート(MCP)で増感して検出する。増倍管の数により、単一チャネル検出器あるいはマルチチャネル検出器と呼称される。
[編集] データ処理部
得られたデータからマススペクトルを作製する。また、多くの化合物(タンパク質など生体分子を含む)についてはマススペクトルのデータベースが作成されており、これと比較することで容易に試料の同定ができるようになっている。
[編集] 関連項目
- 田中耕一 — MALDI法開発により、2002年ノーベル化学賞を受賞した島津製作所社員
- 二次イオン質量分析法
[編集] 外部リンク