福岡県立伝習館高等学校
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福岡県立伝習館高等学校 | |
過去の名称 | 福岡県尋常中学伝習館 福岡県立中学伝習館 福岡県中学伝習館 福岡県立高等学校伝習館 福岡県立柳河女子高等学校 |
国公私立の別 | 公立学校(県立) |
設置者 | 福岡県教育委員会 |
共学・別学 | 男女共学 |
中高一貫教育 | なし |
分校 | なし |
課程 | 全日制・定時制 |
二部以上の授業 | なし |
単位制・学年制 | 学年制 |
学科 | 普通科 |
学科内専門コース | なし |
所在地・連絡先 | |
所在地 | 〒832-0045 |
福岡県柳川市本町142番地 | |
電話番号 | 0944-73-3116 |
FAX番号 | 0944-73-6496 |
外部リンク | 公式サイト |
福岡県立伝習館高等学校(ふくおかけんりつでんしゅうかんこうとうがっこう)は、福岡県柳川市にある男女共学の公立(県立)高等学校である。
進学校として知られており、各界に人材を輩出している。
目次 |
[編集] 沿革
「伝習館」の名は1824年(文政7年) 柳川藩第十一代藩主立花鑑賢(あきかた)により設立された藩校の名に由来する。1871年(明治4年)の廃藩置県により藩校は廃止されたが、のちに学制の下で学校を設立する際、再び「伝習館」の呼称が用いられた。したがって藩校がそのまま高等学校になったわけではない。
[編集] 年表
- 1879年(明治12年) 福岡県立柳河中学校を設立。
- 1886年(明治19年) 福岡県立柳河中学校を廃止、山門郡町村連合が運営する中学伝習館を設立。
- 1887年(明治20年) 中学伝習館を私立学校に改組し、尋常中学橘蔭学館に改称。
- 1892年(明治25年) 尋常中学橘蔭学館を尋常中学伝習館に改称。
- 1894年(明治27年) 尋常中学伝習館の運営母体を福岡県に移管し、福岡県尋常中学伝習館に改称。
- 1900年(明治33年) 福岡県立中学伝習館に改称。山門郡立の柳河高等女学校を設立。
- 1908年(明治41年) 柳河高等女学校の運営母体を福岡県に移管し、福岡県立柳河高等女学校に改称。
- 1925年(大正14年) 福岡県立中学伝習館を福岡県中学伝習館に改称。
- 1948年(昭和23年) 学制改革により新制高等学校となり、福岡県中学伝習館を福岡県高等学校伝習館に、福岡県立柳河高等女学校を福岡県立柳河女子高等学校に改組。両校に定時制課程を設置。
- 1949年(昭和24年)8月31日 福岡県高等学校伝習館と福岡県立柳河女子高等学校を統合し、男女共学の福岡県立伝習館高等学校を新設。
- 1964年(昭和39年) 校舎を旧福岡県高等学校伝習館の校舎(現在地)に統一。
[編集] 教育組織
- 全日制・定時制とも普通科のみ。
[編集] 校歌
- 作詞:北原白秋
- 作曲:山田耕作
[編集] 通学手段など
- 生徒の主な通学手段
- 最寄り鉄道駅など:
- 西鉄柳川駅
- 西鉄バス辻町伝習館高校前バス停・伝習館裏バス停
[編集] 著名な卒業生
- 黒田重徳 - 陸軍軍人・南方軍総参謀長・第14方面軍司令官
- 伊藤整一 - 海軍軍人・第2艦隊司令長官
- 北原白秋 - 詩人・歌人・童謡作家
- 山崎巌 - 自治大臣、内務次官
- 高石邦男 - 元文部省事務次官