河野基比古
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河野基比古(こうの もとひこ、1932年11月26日 - 1991年8月11日、東京都世田谷区出身)は日本の映画評論家。
[編集] プロフィール
1956年早稲田大学文学部卒業。早稲田大学では大橋巨泉らが在籍していた放送研究会に所属し、同級生に作家の生島治郎と小林信彦がいる。卒業後、日本コロンビア入社。アニメ映画のサウンドトラックを冨田勲らと、その他でも音楽ディレクターとしてレコード制作を手掛ける。
退社後、渡米しニューヨークに滞在。現地で第二回ニューヨーク世界博覧会に関わる。帰国後日本クラウン、ワーナーパイオニア(現ワーナーミュージック・ジャパン)に勤め1972年退社。
その後フリーランスの音楽プロデューサーを経て、雑誌『キネマ旬報』(キネマ旬報社)など専門誌に於いて評論やハリウッドの人脈を通じて取材をするほか、硬軟に拘らず一般紙でも映画作品の紹介をし、各界著名人のインタビューやサウンドトラックのライナーノート執筆、講演、翻訳、講師など多方面で活躍した。
1991年に腎不全のため死去。
出演番組に『木曜洋画劇場』(1982年〜1987年)(テレビ東京)、『音楽の旅はるか』(毎日放送)、『阪急アワー・スクリーングラフィティ』(アシスタント:増井孝子(FM大阪)、『象印クイズヒントでピント』(ゲスト解答者)(テレビ朝日)他。
基比古の名は国文学者の笹川臨風に拠る命名。伯父はILO社会保障専門委員、早稲田大学理事等を歴任し、国民健康保険制度の法整備を進めた商学博士の末高信。