楓信号場
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楓信号場(かえでしんごうじょう)は、北海道夕張市にある北海道旅客鉄道(JR北海道)石勝線の信号場。かつては駅として設置されたが現在は信号場に格下げされている(詳細は後述)。
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[編集] 構造
2線の信号場。かつては駅であったため、ホームも残っている。Y字型の弾性分岐ポイントは全国でも数少ない時速120kmでの通過が可能である。かつて折り返し線であった3番線は、保線用の車両が留置されている。
- 楓駅のホーム構造
[編集] 歴史
過去に楓駅を称した駅は3つあった。初代、2代目は1981年(昭和56年)の石勝線開業時に路線が並行するため廃止された夕張線の登川支線(紅葉山~登川間)にあった駅、3代目駅は2代目駅および登川駅の代替として石勝線上に設置されたものである。3代目駅も利用者数の減少により、末期の旅客営業列車は毎朝着発1本ずつあるのみ(ただし日曜は運休)となり、2004年(平成16年)3月12日を最後に旅客営業を終了し、信号場になった。この日は定期最終列車の後、イベント列車が運転され多くの客が乗車した。
[編集] 初代駅
- 1907年(明治40年)5月16日 夕張線紅葉山(現・新夕張)~楓間開業にともない楓貨物取扱所として新設。
- 1909年(明治42年)7月10日 旅客扱い開始(→一般駅)。楓駅に改称
- 1916年(大正5年)7月11日 楓~登川間延伸開業。駅手前で分岐する形となり、引き上げ線方式のスイッチバック駅となった。
- 1962年(昭和37年) 駅舎が火災により、焼失。同年内に駅舎を新築。
- 1967年(昭和42年)1月 楓鉱の合理化による石炭積出し廃止に伴い、駅を紅葉山寄りの本線上に移転し、初代駅廃止。
[編集] 2代目駅
- 1967年(昭和42年)1月 スイッチバックを解消し、紅葉山寄りの本線上に移転する。駅舎から一段高い所にある板張りの単式ホーム1面1線の構造になる。
- 1981年(昭和56年)5月25日 貨物扱い廃止(→旅客駅)
- 1981年(昭和56年)7月1日 廃止(夕張線紅葉山~登川間廃止)
[編集] 3代目駅
- 1981年(昭和56年)10月1日 石勝線開業と同時に新設(新夕張(5.7km)+(7.0km)オサワ信号場、旧楓駅と旧登川駅のほぼ中間)
- 1987年(昭和62年)4月1日 北海道旅客鉄道に承継。
- 2004年(平成16年)3月13日 旅客営業廃止。同時に信号場となる。
- 2004年(平成16年)10月 駅舎が解体された。
[編集] 隣の駅
[編集] かつて存在した路線
- 日本国有鉄道
- 石勝線(登川支線)
- 紅葉山駅(現:新夕張駅) - 楓駅 - 登川駅
[編集] 楓駅時代
楓駅は旧登川支線の代替として設置されたため、石勝線の中間駅ではあるものの、停車する列車は新夕張方面から楓で折り返す普通列車のみとされ、新得方面へ向かう列車はすべて通過(ないし運転停車)していた。よって、普通列車が専ら折り返し用の3番線を使用する一方で、1・2番ホームでは客扱いを行わなかった
上記のような事情から、楓から占冠方面へ行く場合は新夕張へ戻ってから乗換える必要があった。この場合、新夕張で途中下車しない限り、楓~占冠以遠の乗車券で新夕張-楓間を折り返し乗車可能とする特例が旅客営業取扱基準規程にあった。