差動装置
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差動装置(さどうそうち)は、機械的機構の一種で二つの部分の動きの差を検出、あるいは動力に差をつけ割り振る装置。歯車を使った差動歯車やネジを使ったものなどがある。
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[編集] 差動歯車
デファレンシャルギア(differential gear)あるいは略してデフギア、デフなどともいう。後述するLSDと比較する場合はオープンデフと呼ばれる事もある。自動車などの車輪のついた乗り物に使われる動力伝達装置であり差動装置の中で最も身近に使われているものである。車がカーブを曲がる時、内側と外側の車輪で速度差が生じるがそれを吸収しつつ同じトルクを動力源から与えることができる。差動歯車は一般的に3輪以上の自動車で利用され、駆動する左右の車輪の軸中央付近に設けられる。動力の無い車輪や、2輪車では必要ない。
一般的な自動車では駆動輪(すなわち前輪または後輪のどちらか)に一組の差動歯車を持つが、四輪駆動車の場合は前輪と後輪の差を吸収するためもう一つの差動歯車(センターデフ)を持つことがある。この場合、駆動輪である前輪・後輪に一組ずつとセンターデフとで計三組となる。センターデフが正常に機能しない場合、変速機を損傷することもある。
電気自動車などで見られる車輪単位で動力が伝えられるような形式の場合、差動歯車は必要ない。ゴーカートなどの簡易な自動車でも省略され動力が直接左右の車輪に伝えられる。そういった車がまっすぐ走る場合は特に問題はないが、曲がろうとするとどちらかの車輪がスリップし、制御が難しくタイヤや路面を傷めることにもなる。
なお差動歯車ではないが、同じ効果を狙ったものとしてミニ四駆のグレードアップパーツ「ワンウェイホイール」(四輪駆動車のフリーハブに近い構造)がある。これはホイール内部にピニオンギアを入れ、コーナリング時に外側のタイヤを空転させることで、コーナリング抵抗をなくすものである。また、電動ラジコンカーなどでは、フロントデフにワンウェイ効果のあるものを使用し、さらに前輪を小径化することで後輪が空転した場合のみ前輪が駆動するようにセッティングする場合がある。
[編集] 原理
差動歯車はまず外側のリングギアに動力が伝えられる。リングギアには左右の車軸につながる側面のギアとその両者をつなぐピニオンギア(小歯車)を収めた枠が直結しており、それごと回転する。 リングギアを固定した状態で側面のギアの一方を回転させたとするとピニオンギアを介してもう一方は逆方向に回転する。
一方、車輪の片側を固定しリングギアを回した場合、もう一方の車輪が2倍の速度で回転する。実際の車輪の回転はこの中間においても無段階に変動し、両輪の回転数の平均値がリングギアの回転数と 等しくなる。結果として車両は、直線であれ曲線であれ車輪がスリップすることなく滑らかに走行することができる。そのときのリングギアの回転から求められる速度は車両の左右の中心線の値となる。
一方で問題点もある。車輪の片方が溝に落ちた、あるいは氷に乗り上げたなど、無負荷状態あるいは無負荷に近い状態になった場合、その車輪に大きなトルクが掛かるため空回りしてしまい、もう一方の車輪に動力が伝わらなくなってしまう。
[編集] リミテッド・スリップ・デフ
オープンデフが抱える「無負荷状態の車輪側を空転させてしまう欠点」の解決のために、リミテッド・スリップ・デファレンシャル (LSD: limited slip differential) が考案された。その名の通り差動に制限を持たせたもので、側面ギアの回転を抑制し無負荷状態の車輪の空転を防ぐものである。これにより、悪路や滑りやすい路面状況でも車輪へ確実に駆動力を伝えられるようになり、走行の安定性が向上した。
なお、差動制限の方式により、様々なタイプのLSDが存在するが、大きく分けて「トルク感応式」「回転感応式」「アクティブ制御式」の3種類に分類できる。
- トルク感応式
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- 機械式LSD(多板クラッチ式LSD)
- 内蔵される多板クラッチを利用。大きな差動制限効果を発揮できる一方、定期的なメンテナンスを必要とする。純正装備で採用される事はほとんど無い。
- トルセンLSD(トルクセンシングLSD)
- 複数のギアを組み合わせ、それらのギアの歯面抵抗を利用する。機械式には及ばないが、強い差動制限効果を発揮する上、メンテナンスもほとんど不要。
- ヘリカルLSD
- ヘリカルギア(螺旋状の歯車)を使用し、ギアがデフケースを押し付ける時に発生する抵抗力を利用する。
- ボールテックLSD
- ジグザグ状の溝がついたドラムの上をボールが流れる事によりドラムを動かし効果を得る。
- シュアトラックLSD
- カムを用いてその摩擦力を利用する。トルセンLSD同様、機械式には及ばないが、強い差動制限効果を発揮する上、機械式のようなメンテナンスのシビアさもない。
- 回転感応式
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- ビスカスLSD
- ビスカスカップリングを使い、封入されたシリコンオイルのせん断抵抗を利用する。
- アクティブ制御式
- 新しい技術として電子制御された差動装置がある。コンピュータが各種センサーからの情報をもとに動的に差動制限効果の制御を行うものである。ラリーなどレース用の車で用いられることが多く、世界ラリー選手権での使用は一般化している。(世界ラリー選手権では2006年よりセンターデフを除き禁止された)
- 物理的な機構としては、油圧で摩擦板の圧力を調整することで効きを調整する油圧式、電磁クラッチを利用する方式の2種類がある。
- 市販車では三菱・ランサーエボリューションのACDやスバル・インプレッサのDCCD、フェラーリF430等に搭載されている。
[編集] ヨーコントロールデフ
アクティブ制御式のデフと同様に各種センサーの情報をもとにして、各輪のトルク配分、特に左右輪のトルク移動を行うことでヨーを制御し、走行性能を向上させる。
市販車ではアウディクワトロシステムをはじめ、三菱・ランサーエボリューションのAYCや日産・スカイラインGT-RのATTESA E-TS PRO、ホンダ・レジェンドのSH-AWD等がある。
[編集] ネジによる差動装置
装置には、ネジを使用したものもある。二つのわずかにピッチの異なるネジを同時に回転させることにより、その差だけ動かすことができる。これの利用例がマイクロメータで非常に小さな動きから寸法の高精度な測定が可能である。図の場合Aが0.8mm、Bが1mmのピッチとすると一回転でその差の0.2mmの動きをする。
[編集] 歴史
差動歯車の発明については諸説があるが、古代から現代に至る知られている例をいくつか挙げておく。
- BC2634年 中国の伝説の黄帝により指南車が用いられていた。
- BC一世紀ごろ ギリシャのアンティキティラ島の沖の海底で発見されたアンティキティラ島の機械は、平面的な差動機構を含んでいた。
- 1810年 ドイツのルドルフ・アッカーマンにより馬車用の4輪操舵システムを発明したが、これが後の作家により差動装置と誤って伝えられた。
- 1827年 フランスの時計屋により現代の差動歯車に近いものが特許登録される。
- 1832年 イギリスのリチャード・ロバーツにより蒸気機関車用の負荷補償用歯車として特許登録される。
- 1876年 イギリスのジェームズ・スターレーは、自転車(3、4輪)用のチェーン駆動の差動装置を発明。後に、カール・ベンツによる自動車に用いられる。(スターレーは英国ローバー自動車につながる人物。)
- 1897年 デービッド・シーラーによりオーストリアの最初の蒸気自動車で差動装置が使用された。
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