尚州市
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尚州市 | |
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位置 | |
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各種表記 | |
ハングル: | 상주시 |
韓国における漢字: | 尚州市 |
片仮名転写: | サンジュ=シ |
ローマ字転写: | Sangju-si |
情報 | |
面積: | 1,254.85km² |
総人口: | 117,422人(2003年) |
上位自治体: | 慶尚北道 |
下位行政区画: | 1邑17面6洞 |
行政区域分類コード: | 37080 |
尚州市の木: | カキ (植物) |
尚州市の花: | バラ |
尚州市の鳥: | カササギ |
自治体公式サイト: | 尚州市 |
尚州市 (サンジュし)は大韓民国慶尚北道西部内陸地帯に位置する市。統一新羅時代には全国九州のひとつであり、朝鮮王朝中期までは慶尚道(嶺南)の政治的中心地であった。慶尚は慶州と尚州を意味する。1592年の日本軍侵入(文禄の役)以後その地位を失った。面積1,254.81平方キロ、人口約12万。産業は農業が中心である。
目次 |
[編集] 地理
西は忠清北道の諸郡に接し、東は慶尚北道亀尾市と義城郡、北は聞慶市、南は金泉市である。
[編集] 歴史
古代の沙伐国である。
- 249年 新羅、沙伐国を併合
- 525年 沙伐州設置
- 552年 尚州亭に軍団設置
- 648年 金ユシン尚州行軍総管 百済征伐の前線基地
- 757年 尚州に改称
- 1018年 尚州牧使、全国8牧のひとつとなる
- 1407年 慶尚道分割。尚州牧使、慶尚右道監司兼任
- 1592年 日本軍、尚州入城。義兵奪回
- 1914年 咸昌郡を合併
- 1931年 尚州面が邑に昇格
- 1980年 咸昌面が邑に昇格
- 1986年 尚州邑が尚州市に昇格
- 1995年 尚州市と尚州郡が合併
[編集] 特産
- 市域に金脈が走り、植民地時代には金鉱が群立した。新羅時代の金産地の可能性がある。