大浦みずき
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
大浦 みずき(おおうら みずき、1956年8月29日 - )は元宝塚歌劇団花組トップスターで、女優。東京都出身。愛称「なつめ」。本名は阪田なつめ(さかた・なつめ)。
1974年、60期生として宝塚歌劇団に入団、『虞美人』で初舞台。芸名は父・阪田寛夫(小説家)と文芸活動およびキリスト教信仰の同志であった庄野潤三が命名したという。同期には元月組トップ男役の剣幸、元雪組トップ娘役の遥くらら、専科に所属している磯野千尋(元花組組長)がいる。
雪組~星組を経て花組へ。ダンスの名手として鳴らし、磯野や朝香じゅん、安寿ミラ、真矢みきらと共に当時の花組男役トップ高汐巴を盛り立てた。
しかし高汐トップ後期の1987年には膝の半月板損傷・手術により一年近い長期休演を余儀なくされた。多くのファンが心配したが、5キロの砂袋をつけて足を上げ下げするなどの懸命のリハビリで故障克服、怪我以前よりダンスを磨き舞台復帰。
1988年~1991年まで、ひびき美都を相手役に花組男役トップスターを務める。演出家小池修一郎いわく、『(当時の)宝塚でもっともプロ意識の高いスター』で、特にトップについてからはダンスだけでなく歌唱・演技も充実させた。大浦・ひびきのダンスは当時の宝塚の呼び物の一つであった。宝塚時代の代表作は『キス・ミー・ケイト』('88年トップ就任作)、『会議は踊る』('89年)、『ベルサイユのばら』('90年,フェルゼン役)、『ベネチアの紋章』('91年サヨナラ公演作)。
退団後も舞台を中心に女優として活躍。
[編集] 著書
- 『夢・宝塚』
- 『なつめでごじゃいます!』