北口本宮冨士浅間神社
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
北口本宮冨士浅間神社 | |
---|---|
所在地 | 山梨県富士吉田市上吉田5558 |
位置 | -- |
主祭神 | 木花開耶姫命 彦火瓊瓊杵命 大山祇神 |
社格等 | 県社・別表神社 |
創建 | -- |
本殿の様式 | -- |
例祭 | 5月5日 |
主な神事 | -- |
北口本宮冨士浅間神社(きたぐちほんぐうふじせんげんじんじゃ)は、山梨県富士吉田市上吉田にある神社。全国の浅間神社のうちでの有力な神社の一つであり、主祭神は木花開耶姫命、夫神の彦火瓊瓊杵命と父神の大山祇神を共に祀っている。旧社格は県社で、戦後別表神社となった。
社伝によれば、110年、日本武尊(やまとたけるのみこと)が東方遠征の折に富士山を遥拝したのに始まるといい、また垂仁天皇の代に、富士山の大噴火を恐れる人々の心を静めるために勅令をもって火山鎮護の神、木花開耶姫を祀ったとする説もある。延暦7年(788年)、甲斐守紀豊庭が現在地に社殿を造営した。
元和元年(1615年)、谷村城主鳥居土佐守成次が現在の本殿を建立、貞享5年(1688年)に社殿が造修された。一時荒廃していたが、享保年間になって、富士講の行者であった村上光清が私財をなげうって再興し、以後、富士信仰、特に富士講の参詣者を集めた。
富士山登山道の北口(吉田口登山道)の起点にあたり、関東方面からの登山者にとっての中心的な登山口であった。江戸時代には富士講が流行し、周辺には御師の宿坊が百件近く立ち並んだこともあるが、これは神社に属さない独自の宗教活動であった。
国の重要文化財としては本殿(1953年3月31日指定)、東宮本殿(1907年8月28日指定)、西宮本殿(1953年3月31日指定)、社宝の長船経家太刀(1923年3月28日指定)が挙げられる。