マツクイムシ
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マツクイムシとは、カミキリムシやキクイムシ等の枯れたマツから発見される穿孔虫類の総称である.かつては松枯れの原因はこれらの穿孔虫と考えられていたが、現在ではマツノザイセンチュウという線虫が原因とされている.マツノザイセンチュウはマツノマダラカミキリなどのカミキリムシに媒介されて木から木へ移動する。
松食い虫、松くい虫とも表記される。
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[編集] 感染メカニズム
マツノマダラカミキリの幼虫は、マツの幹の中に蛹室を作り、そこで蛹になる。マツノザイセンチュウは蛹室周辺に集合し、カミキリムシが羽化・脱出する際にその気門に入り込んで運ばれる。その後、センチュウを保持したカミキリムシがマツの若い枝をかじる際に、マツノザイセンチュウが媒介される。感染力は強力で、感染したマツは、かなりの確率で枯死する。衰弱あるいは枯死したマツは樹脂を分泌する能力を失い、このマツに産卵したマツノマダラカミキリの幼虫は非常に高い確率で成虫となることが出来、爆発的に増加する。 線虫によってマツが水を吸い上げる力を失い、枯れることがわかっているが、これは機械的な破壊ではなく、詳細は不明。ニセマツノザイセンチュウというよく似た線虫が寄生しても枯れることはない。マツノザイセンチュウをすりつぶして水に溶かした液でもマツが枯れることから、化学成分の関与が考えられている。
[編集] 被害
- 感染するマツは、種別や生育場所を問わない。アカマツもクロマツも感染する。公園の立木はもちろんのこと、庭木や盆栽まで感染する。
- 海岸線の防風林や保安林のマツ林が全滅して、地域に二次被害を出すことがある。
- 被害木は。速やかに伐倒して切り分け、殺虫剤にて消毒する必要がある。しかし、マツが生育する雑木林は所有者が不明のことが多い上、高額の費用負担に難色を示されることが多いことから、なかなか処理が進まないうちに拡大してゆく状況にある。
[編集] 日本における被害地
- 太平洋戦争以前は、西日本を中心に発生地点が点在していたが、戦後、瞬く間に拡大。現在は、青森北海道を除く地域に存在すると考えられている。
- そもそもは、輸入された北米産のマツ材から発生したものと考えられている。
- 北米や東南アジア、欧州でもポルトガルなどで、発生が確認されている。ただし、爆発的な被害は発生しておらず、日本の事例は特殊な例とされている。
[編集] 対策
- 毎年、マツノマダラカミキリが羽化する時期に、マツの若葉に振りかけるように殺虫剤を撒く。面積によってはヘリコプターを使った散布が行われる。マツノマダラカミキリに特化した殺虫剤もあるが、スミチオンなどでも十分である。ただし、近年、殺虫剤の毒性が問題となっており、健康被害を懸念する住民の反対運動などにより、実施面積は縮小傾向である。文化的価値も重視される地域の松林を守るか、健康被害を防ぐか、それとも鳥や昆虫も含めた地域生態系の保全を重視するのか、環境分野の視点でとらえた場合には、答えの出ない問題である。
- 殺虫剤を樹幹注入する方法もあるが、3~5年おきに実施しなければならないこと、注入の際に開ける穴で樹勢が衰退傾向になる恐れがある、といった問題がある。また、1本数万円という高額な費用を要するため、生育本数の多い公園などでは利用が難しい。
- マツノザイセンチュウに耐性があるマツを選抜して増殖させているが、即効性はなく、長期戦が可能である地域に限られる。(マツノザイセンチュウ抵抗性育種事業)
[編集] 防除事業への批判
現状の松くい虫防除事業には、一定の批判がある。
まず、クロマツ、アカマツは、いずれも広葉樹の高木の生育が困難な厳しい環境条件下で局所的に安定した群落を維持することを除くと、広域で安定した森林を作らない。むしろ、植物遷移の上では、裸地に定着する先駆者樹木であり、林内が暗く富栄養になると次世代への更新ができない。そのため、松林を維持するには常に林床を貧栄養かつ明るい条件に維持する必要がある。かつて、松林の落葉落枝は広く燃料として利用され、そのために人里周辺では松林が維持されてきた。現在それが行われなくなったため、松林の減少するのは当然であり、マツ材線虫病は単にそれを加速したにすぎないという考えがある。
この考えに立てば、景観面なども含め必要のなくなった松林では松くい虫防除は必ずしも行う必要がなく、むしろ殺虫剤の広域散布による弊害を考慮すべきである。用いられている殺虫剤は選択的にマツノマダラカミキリを殺すものではなく、森林の生物群集を構成する昆虫など地上生の節足動物を非選択的に殺すものであるために、森林の生態系を乱し多様性を損なう。農薬の人体への健康被害の研究と比べても、地域生態系への影響評価の研究はまだ十分とは言えず、この観点からの防除対策の評価が必要である。また、枯死した松を切り倒す作業による周囲の攪乱によって、自然植生の回復が遅れたり、被害が広がったと思われる例もあるが、逆にあまりに急激に高木層のマツが全滅したため正常な遷移が進みにくくなっていると思われる例もある。
一方、防災上や景観上の理由で保護しなければならない海岸林などのマツ林もある。周囲のマツ林で十分な防除が行われずに病害の温床となると、そこからの伝染によって守るべきマツ林にも被害が出ることは多い。そのような場所の周辺林分では半端な防除をするより急速な樹種転換を図った方がよい。周囲の放棄里山マツ林が完全に崩壊するまで数年ないし十数年の間をしのげれば、保護すべき林分でもほとんど被害の発生しない状態に至る例(虹ノ松原など)が現れてきている。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- マツノザイセンチュウ抵抗育種事業社団法人林木育種協会