ベラ・ズボナレワ
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ベラ・ズボナレワ(Vera Zvonareva, Вера Игоревна Звонарёва, 外国人名の日本語表記に即したより正確な読みは、ヴェーラ・ズヴォナリョーワ1984年9月7日 - )は、ロシア・モスクワ出身の女子プロテニス選手。近年躍進の目覚ましいロシア女子テニス界を支えている選手のひとりである。自己最高ランキングはシングルス9位、ダブルス9位。これまでにWTAツアーでシングルス5勝、ダブルス4勝を挙げている。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。ベースライン・プレーヤー。身長172cm、体重59kg。
母親の手ほどきで6歳からテニスを始め、2000年にプロ入り。2002年の全仏オープンで4大大会に初出場した時、予選3試合を勝ち上がって本戦出場権を獲得し、いきなりセリーナ・ウィリアムズとの4回戦まで進出した。この試合でズボナレワはセリーナから第1セットを 6-4 で奪ったが、続く2セットを 0-6, 1-6 で落としている。翌2003年の全仏オープンで、ズボナレワは4回戦でセリーナの姉ヴィーナス・ウィリアムズに 2-6, 6-2, 6-4 の逆転勝利を収めたことで知名度を高めた。2002年の全仏オープンから2003年の全豪オープンまで、4大大会の4大会連続でヴィーナスとセリーナによる「ウィリアムズ姉妹対決の決勝」が続いていたため、ヴィーナスを4回戦で止めたズボナレワの活躍は大きな話題を呼んだ。ズボナレワは次の準々決勝で同じロシアのナディア・ペトロワに 1-6, 6-4, 3-6 で敗れる。この大会を契機に、ウィリアムズ姉妹による強力なパワーテニスに取って代わる、ロシア女子テニス界の目覚ましい躍進が始まった。ズボナレワの4大大会シングルスは、これが自己最高成績である。
2004年8月にシングルスの自己最高ランキング9位を記録したが、2005年は不振に悩み、年間最終ランキングを42位に落としてしまう。2006年の全豪オープン1回戦で、現役復帰を発表したマルチナ・ヒンギスがズボナレワと対戦することが決まった。ズボナレワは25歳になったヒンギスに 1-6, 2-6 で完敗し、かつての最年少女王の再出発を見守る役回りを演じた。2006年の後半に入った頃から復調を見せ、6月第2週のイギリス・バーミンガム大会と7月第3週のアメリカ・シンシナティ大会で優勝した。全米オープンではシングルス3回戦でエレナ・デメンティエワに敗れたが、女子ダブルスでフランスのナタリー・ドシーとペアを組み、決勝でディナラ・サフィナ&カタリナ・スレボトニク組を 7-6, 7-5 で破って初優勝を飾った。