フハイカビ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
フハイカビ(腐敗黴)とは、ミズカビに近い卵菌類の1つの群である。ミズカビ的な生活をするものもあるが、植物の病原菌となるものが含まれる。
目次 |
[編集] 特徴
フハイカビ(Pythium)は、卵菌門フハイカビ目(Pythiales)(またはツユカビ目 Peronosporales)フハイカビ科(Pythiaceae)に属する生物である。無性生殖に遊走子を形成する水中生物であるが、菌糸自体は水中にいなければならない訳でもないので、土壌中にも生育している。また、生きた植物を攻撃するものもあり、一部は栽培植物の病原菌である。名前はこのほかに学名仮名書でピシウム、あるいはピチウムとも記される。
その体はよく発達した菌糸体からなる。菌糸体を構成する菌糸は隔壁を持たない、いわゆる多核体である。ミズカビ類の菌糸より一回り細く、枝分かれも多い。肉眼では、ミズカビ類は基質からやや柔らかい針が突き出るように見えるが、フハイカビは菌糸がはっきり分からないもやもやした感じになる。寒天培地での純粋培養は簡単で、YpSs培地ではよく育ち、成長も早い。
[編集] 無性生殖
無性生殖は遊走子により、水中で形成される。菌糸の先端に球形、楕円形、あるいは不定形の膨らみを生じ、その基部に隔壁ができる。これが遊走子嚢である。その内部が次第に多数の部分に分かれてそれぞれが遊走子の形になる。それぞれの遊走子がある程度はっきりした形を取ると、遊走子嚢の先端に穴を生じ、そこから遊走子が出てくる。ただし、すぐに泳ぎ出すのではなく、遊走子嚢の穴から伸び出した袋の中に入る。この袋を頂嚢(Vesicle)と言い、透明でごく薄く、中で遊走子が泳ぐにつれて変形する。しばらくそうやって袋の中で遊走子が動いているが、やがて袋が破れると、遊走子はいっせいに散らばって行く。それらが新しい基質に付着すると、菌糸を伸ばして新しい菌糸体を形成する。
遊走子嚢は、水中で形成される。植物に寄生している場合には、宿主植物の表面に形成されることが知られている。土壌中であっても降水時など水がある条件下で遊走子が形成されるようである。
この遊走子は、やや曲がった楕円形で側面から鞭毛を2本出している。前に向かうものが羽根型、後ろのものが鞭型で、この形と構成はミズカビ類における二次遊走子にあたる。
なお、一部の種では遊走子のうから遊走子が形成されず、発芽管を出して菌糸体に発達する例が知られている。
[編集] 有性生殖
多くの種は自家和合性なので、単独株でも有性生殖が観察できる。一部に自家不和合性のものもあることが知られている。通常は、無性生殖が始まってしばらくの後に、有性生殖器官が形成される。
有性生殖は、卵菌類一般と同じく配偶子嚢接合による。菌糸の横枝に形成された生卵器に細い菌糸状の造精器が接合するものである。その形態はミズカビ類とさほど変わらないが、大きさは一回り小さい。生卵器の中に形成される卵胞子の数は1個だけである。当初は生卵器の中は多核であるが、中央に多数の核を含む卵細胞質が、そしてその周辺に卵に含まれない周辺細胞質(periplasm)が分化し、前者が卵胞子となる。造精器は細い菌糸状だが先端が膨らみ、この部分が接合する。
卵胞子の中には多数の核が含まれるが、それらの経過につい多はさまざまなものがある。一般にはここで減数分裂が行われ、配偶子嚢接合によって複相に戻るものと考えられているが、具体的な経過は多様である。当初の核のうちの1つだけが残り、それが減数分裂するものもある。あるものでは少数の核が残り、それらが減数分裂をした後に、1つの核が残る。造精器も多核であるが、1核を残して退化し、それが減数分裂を行うので、4核が含まれる。そのうちの1つが卵胞子の核と融合する。
生卵器の中に周辺細胞質が生じるのは、ミズカビ類との違いの1つである。
卵胞子は厚い膜に包まれ、多くは一定の休眠の後に発芽する。発芽は発芽管を生じる場合もあれば、包嚢を形成し、その内部が遊走子となるものもある。
なお、有性生殖器官は水中、土中、植物組織中にも形成される。
[編集] 利害
水中及び土壌中にごく普通に生息するものである。ミズカビ類と同じように釣り餌法でたやすく分離できる。有機物を分解する腐生菌であると考えられる。
しかし、条件によっては生きた植物を攻撃する場合があり、時には苗の立ち枯れ病等の病原菌となる。特に湿ったところ、排水の悪いところに苗を密に植えたような場合には、全面的に苗が腐ってしまうような被害を与えることがある。菌糸は根から植物体に侵入し、植物体は地面付近から軟化して腐る。菌糸から毒性のある物質が出ている可能性が示唆されている。対象となる植物の範囲が広く、また、菌そのものが腐生的に生存可能なため、防除がなかなか難しい。いったんこの病気が出ると、その場所には何を植えても腐ってしまう、というような場合もある。
特に、P. aphanidermatum (Edson) Fitzp.が病原性の強い種として知られている。世界的に分布し、キュウリ、カボチャ、トマト、ナス、セロリ、インゲン、サトウダイコンなどの苗立ち枯れ病を引き起こす。この種はやや高温を好み、被害も気温の高い時期に多い。