ハギオス・デメトリオス聖堂
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ハギオス・デメトリオス聖堂(Hagios Demetrius, ΒΑΣΙΛΙΚΗ ΑΓΙΟΥ ΔΗΜΗΤΡΙΟΥ)は、ギリシャのテッサロニキにある初期キリスト教建築の教会堂。創建は5世紀中期から後期に遡る、テッサロニキの守護聖人聖デメトリオスの殉教者記念礼拝堂である。
ギリシャ最大のバシリカ式教会堂で、1996年、ユネスコの世界遺産に登録された。
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[編集] 歴史
ハギオス・デメトリオス聖堂は、テッサロニキの競馬場に隣接する公共浴場の竃で殉教したとされる聖デメトリオスのマルティリウム(記念礼拝堂)として建設された。しかし、聖デメトリオスの崇拝は、442年に州都がテッサロニキに移転する前はシルミウムにあったため、この伝説はそれより後の時代、聖堂が建設される直前に生まれたものと考えられる。聖堂内部に聖デメトリオスの聖遺物が存在していないことも、これを裏付ける。
現在の聖堂は20世紀に再建されたものだが、それ以前の聖堂も、6世紀に焼け落ちたものを7世紀に再建したものと推定されている。以後はテッサロニキの守護聖人を祭る聖堂として崇拝を集め、10世紀頃には奇跡の油を出すという説話が生まれた。身廊北側に銀貼りの六角形水盤が置かれており、この水盤は地下の配管を伝って常に油が満たされるようになっていた。
1917年に火災に遭い、ほとんど焼け落ちてしまったが、1926年から1948年にかけて、できる限り元の建材を利用して再建された。
[編集] 構造
聖堂は、身廊とそれを取り囲む二周りの側廊から成る5廊式バシリカ式教会堂である。内陣にトランセプトを有し、平面上は旧サン・ピエトロ大聖堂と同じ構成である。聖堂の内陣は、彼が殉教した浴場を囲むように配置されており、現在でも地下に浴場跡を見ることができる。 聖堂内部の建築材料は、様々な再利用材から成っている。円柱は高さ、太さともにまちまちで、一部は6世紀に遡るものである。壁面の装飾は、1917年の火災でほとんどが失われているが、一部は再建の際に利用され、今日でも目の当たりにすることができる。
[編集] 関連項目
[編集] 参考文献
- シリル・マンゴー著・飯田喜四郎訳『ビザンティン建築』(本の友社)
- ジョン・ラウデン著・益田朋幸訳『初期キリスト教美術・ビザンティン美術』(岩波書店)
- 益田朋幸著『世界歴史の旅 ビザンティン』(山川出版社)